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86章 溢れ出たあれこれの後始末

1184. 知らない貸し借り

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 焼き菓子を齧った状態で動きを止めたルキフェルが立ち上がり、無言でルシファーの翼を観察する。食い入るように見つめ、触れて確認した後で唸った。

「翼を形成するのは、純然たる魔力だよ。それなのに……濃度を上げる方法なんてあるの?」

「魔の森に余った魔力を回収して、ルシファー様に流し込む。という認識で合ってますか?」

 翼の魔力量が増えたと聞いたアスタロトが纏めるが、やはり疑問形だった。生まれて8万数千年、こんな事例は知らない。生まれ持った魔力量を増やす方法は、他者を吸収したり譲渡される場合のみ。それも己が持つ魔力量の2割が上限と言われてきた。

 長寿になれば自然と増えていく部分はあるが、それは微々たる量で今のように色が変わることはない。レライエの膝に乗る翡翠竜は顎が外れそうなほど驚いているし、ベールは目を見開いたまま固まった。

「一度に聞かないで。魔の森は魔力を蓄えられるけど、木々や大地に流して調整しているの。それが溢れるなら、誰かに預かってもらうしかないじゃない。森は昔ルシファーの魔力を借りたから、返すのが当然よ」

 リリスが口を開いて説明すると、途中経過がいろいろ省かれて混乱を招く。だが今日はそれに加えて、本人も知らない新しい事実を暴露するという爆弾付きだった。

「魔力を貸した覚えはないぞ」

 うーんと唸りながら首を傾げる。ルシファーの仕草に釣られ、リリスもこてりと頭を傾けた。傾いて見つめ合う2人に痺れを切らしたのは、大公女達だった。

「リリス様、事情がわかりませんわ」

「魔王陛下が魔の森に魔力を供給したのは、少し前の森への補填でしょうか」

 人族総攻撃の前に、森の魔力が枯渇しそうになって皆で流したことがある。繋がる海での記憶に、ルーサルカの表情が曇った。海へ還ったカルンを思い出したのだろう。

「それは皆でしたじゃない。そうじゃなくて、ルシファーがヴラゴくらいの頃よ」

「まだ出会っていませんね」

 アスタロト達3人の大公が知っているのは、少年姿のルシファーだ。それより幼い頃は気づかなかった。そこでアスタロトが目を見開く。

「そうです。出会わなかったことがおかしい。ルシファー様の魔力を感知して、ベールやベルゼビュートが見つけた。魔力量は生まれた時にある程度決まっているのに、どうしてこれほどの魔力の持ち主を感知しなかったのか」

 赤子のルシファーがいたなら、生まれ落ちたその時に感知しただろう。なのに魔力に溢れた森の中に紛れて、少年姿に育つまで発見できなかった。当時は特に疑問にも思わなかったが、今考えると明らかにおかしい。

「ルシファーの翼は12枚もあるでしょ? なのに、全部黒いのも変だよね」

 指摘されると、別の部分が気になる。ルキフェルの言葉に、全員が考え込んだ。ベルゼビュートは半透明の翅を持つ。これは精霊と同じなので誰も疑問に思わなかった。だが……アスタロトやルシファーの羽は黒い。ルキフェルは鱗と同じ青色だった。

 コウモリの羽だからと違和感を持たなかったアスタロトに、リリスはにっこりと笑った。

「アシュタの羽は封印のせいで黒いの。だけど、ルシファーは本来白いはずよ」

 記憶を辿るルシファーだが、一定の年齢より先に遡れずに諦めた。溜め息をついてリリスの話に耳を傾ける。

「12枚すべて、か?」

「ええ。魔の森が魔力を借りた時、翼を減らさないように加減したんだと思うわ。だって12枚広げたルシファー、綺麗なんだもの」

 にこにこと自覚なく口説く婚約者に、顔を真っ赤にしたルシファーが口元を押さえた。少し表情が緩んでしまうのは仕方ない。

「完全に戻せるのでしょうか」

 ベールが心配そうに尋ねる。リリスが生まれてから、翼が一時的に消えるほど魔力を使うことがある主君が心配だった。安全を確保するために魔力を取り戻せるなら、願ってもない機会だ。

「戻せるわ。魔の森はルシファーを愛してるから」

 必ず返してくれる。言い切ったリリスは、ご機嫌で紅茶を一口飲んだ。
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