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85章 始まる準備がひと騒動
1174. 赤ちゃんが欲しいわ
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新たに持ち込まれた異世界知識が馴染み、日本人は魔族が知らなかった新しい知恵を授ける種族として認識されつつあった。それゆえ、日本人を貴重で絶やしてはいけない種族と考えた者達が増える。
アンナが出産間近と知るや否や、さまざまなプレゼントが届いた。赤子用の服や玩具、食器などである。小柄な獣人種と体格が変わらないこともあり、獣人の赤子用だった。耳や尻尾、翼を出せるよう加工されたベビー服に首を傾げたものの、アンナは裁縫道具を使って穴を塞いだ。おかげでほとんど買わずに済んだらしい。
書類に目を通すルシファーへ報告された、ほのぼのエピソードに目を細める。隣で大人しく印章を握るリリスも表情を和らげた。
「よかったわ」
「そうだな」
アンナは出産後2年ほどの休みがあるが、好きなタイミングで仕事に戻れるよう手配していた。真面目そうなので、休めと言っても聞かないだろう。ならば好きにさせた方がいい。リリスが通った保育園もあるため、通勤途中で預ける準備も万端だった。
「ねえ、ルシファー。欲しいものがあるの」
ぺたんと書類に印章を置いて押し付けるリリスが、無邪気に笑いかける。それに微笑みを向けて穏やかに魔王は問うた。
「なんだ? 何が欲しい?」
「赤ちゃん」
「っ!?」
真っ赤になった後、血の気が引いていくルシファーに気づいたアスタロトは、大急ぎで主君の頬を叩いた。
「息をしてください!」
「っ、はぁ……はぁ。助かった」
あまりの発言に呼吸が止まったのは、2人同時だった。だが先に我に返ったのはアスタロトだ。ルシファーの頬を叩くという荒技だが、ひとまず効果があって助かった。頬に紅葉の跡ができたということは、結界まで解除していたらしい。それほど驚いたのだろう。
「……リリス、いま」
「赤ちゃんが欲しいわ」
「聞き間違いではありませんでしたか」
さすがのアスタロトも、聞き間違いを望んでいたらしい。ここで「はいそうですか」と許可は出せない。もちろんルシファーもそれは理解していた。だが目の前の無邪気なお姫様だけが、きょとんとしている。
「ダメなの?」
「ダメ、ではないが……今じゃない。そう、今は無理だから」
しどろもどろにリリスを説得しようとするルシファー。冷や汗が凄い。勘違いさせて、リリスに「ルシファーは私との子は要らないのね」と言われたら、おそらく50年ほど寝込む自信があった。挙句「もう嫌い」とそっぽを向かれたら、そのまま灰か砂になって消えそうである。
「いつならいいの?」
「結婚式の後ですよ」
息絶え絶えの魔王を庇うように、アスタロトが言い聞かせる。だから今はダメなのだと。結婚式前は認めません。そう告げる側近に、リリスはさらなる爆弾を投下した。
「なら簡単だわ。明日結婚式しましょう」
ぶっと鼻血を噴いてひっくり返るルシファーに、リリスが空中から取り出したタオルを押し当てる。口も鼻も塞いでいるが、当人は気づいていないようだ。椅子から落ちた魔王を抱き上げ、アスタロトがソファに横たえる。それからタオルの位置を調整して、呼吸を確保した。
「明日は無理ですよ。準備が間に合いませんからね」
「じゃあ、明後日ね」
「……リリス姫、落ち着いてください。結婚式は早くて2年後です」
「2年も待つの?」
「たった2年ですよ」
睨み合う2人、その間で鼻血と過呼吸で苦しむ魔王。しばらくして譲ったのはアスタロトだった。
「短くするには理由が入ります。いきなり子どもが欲しくなった理由を教えてください」
あなたにはヴラゴもレラジェもいるでしょう。一応魔王の養子として登録された2人の名を出して尋ねると、リリスは唇を尖らせた。
「だって、レラジェはお城にいないし……ヴラゴもあっという間に大きくなっちゃうじゃない」
「少なくとも2年は小竜ですよ、そうですね? ヴラゴ」
突然話を振られた小竜は、びくりと身を震わせて大きく頷いた。いま成長したら、あの吸血鬼に殺される。怯えるヴラゴは、空気を読む術を身につけた。
アンナが出産間近と知るや否や、さまざまなプレゼントが届いた。赤子用の服や玩具、食器などである。小柄な獣人種と体格が変わらないこともあり、獣人の赤子用だった。耳や尻尾、翼を出せるよう加工されたベビー服に首を傾げたものの、アンナは裁縫道具を使って穴を塞いだ。おかげでほとんど買わずに済んだらしい。
書類に目を通すルシファーへ報告された、ほのぼのエピソードに目を細める。隣で大人しく印章を握るリリスも表情を和らげた。
「よかったわ」
「そうだな」
アンナは出産後2年ほどの休みがあるが、好きなタイミングで仕事に戻れるよう手配していた。真面目そうなので、休めと言っても聞かないだろう。ならば好きにさせた方がいい。リリスが通った保育園もあるため、通勤途中で預ける準備も万端だった。
「ねえ、ルシファー。欲しいものがあるの」
ぺたんと書類に印章を置いて押し付けるリリスが、無邪気に笑いかける。それに微笑みを向けて穏やかに魔王は問うた。
「なんだ? 何が欲しい?」
「赤ちゃん」
「っ!?」
真っ赤になった後、血の気が引いていくルシファーに気づいたアスタロトは、大急ぎで主君の頬を叩いた。
「息をしてください!」
「っ、はぁ……はぁ。助かった」
あまりの発言に呼吸が止まったのは、2人同時だった。だが先に我に返ったのはアスタロトだ。ルシファーの頬を叩くという荒技だが、ひとまず効果があって助かった。頬に紅葉の跡ができたということは、結界まで解除していたらしい。それほど驚いたのだろう。
「……リリス、いま」
「赤ちゃんが欲しいわ」
「聞き間違いではありませんでしたか」
さすがのアスタロトも、聞き間違いを望んでいたらしい。ここで「はいそうですか」と許可は出せない。もちろんルシファーもそれは理解していた。だが目の前の無邪気なお姫様だけが、きょとんとしている。
「ダメなの?」
「ダメ、ではないが……今じゃない。そう、今は無理だから」
しどろもどろにリリスを説得しようとするルシファー。冷や汗が凄い。勘違いさせて、リリスに「ルシファーは私との子は要らないのね」と言われたら、おそらく50年ほど寝込む自信があった。挙句「もう嫌い」とそっぽを向かれたら、そのまま灰か砂になって消えそうである。
「いつならいいの?」
「結婚式の後ですよ」
息絶え絶えの魔王を庇うように、アスタロトが言い聞かせる。だから今はダメなのだと。結婚式前は認めません。そう告げる側近に、リリスはさらなる爆弾を投下した。
「なら簡単だわ。明日結婚式しましょう」
ぶっと鼻血を噴いてひっくり返るルシファーに、リリスが空中から取り出したタオルを押し当てる。口も鼻も塞いでいるが、当人は気づいていないようだ。椅子から落ちた魔王を抱き上げ、アスタロトがソファに横たえる。それからタオルの位置を調整して、呼吸を確保した。
「明日は無理ですよ。準備が間に合いませんからね」
「じゃあ、明後日ね」
「……リリス姫、落ち着いてください。結婚式は早くて2年後です」
「2年も待つの?」
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「だって、レラジェはお城にいないし……ヴラゴもあっという間に大きくなっちゃうじゃない」
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