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82章 受け継ぐ遺志を砕くもの

1138. 切り札は効果的に

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 抵抗虚しく、アスタロトに協力せざるを得なくなった。ルシファーはぼやきながらも、諦め半分で話を聞く。この性格が、いつも彼を追い詰めるのだが……本人に自覚はなかった。

「つまり、不穏分子を洗い出したい……と?」

「そうです。ルシファー様も結婚式の邪魔をされるのは許せないでしょう?」

「許せないな」

 そんな奴が現れたら、本人どころか周囲を巻き込んで消滅させてやる。普段温厚に見える魔王だが、実際のところアスタロトやベールと大差ない内面を持っていた。弱肉強食、常に勝つことを義務付けられた魔王として君臨する以上、その両手が血に染まらないはずがない。

 余談だが、アスタロトとアデーレの結婚式は真夜中に月光の下で行われたが、5組の邪魔者が入った。大公の結婚式の中で最高記録である。というより、残りの3人は一度も結婚式をあげておらず、抜いた全記録もアスタロトの物だった。ベルゼビュートは相手が逃げ、ベールは番を喪い、ルキフェルはずっと子供姿で通した影響だろう。

「私の時は毎回なので慣れましたが、ルシファー様の場合はお相手がリリス様ですので」

 どかんと民の真ん中に雷を落とすのではないか。その心配を口にしたアスタロトに、ルシファーも大丈夫だと保証できなかった。実際、雷を落としたせいでレラジェの卵が割れる事件があったばかりだ。

「そういえば、ベールとルキフェルはどうした?」

 話を逸らす意味合いもあるが、先に戻ったはずの彼らがこの騒動で顔を見せないのはおかしい。特にルキフェルは神龍相手なら、大喜びで戦闘を買って出ただろう。首を傾げて探るが、魔王城周辺に2人の魔力はなかった。

「ロキちゃんがお風呂に入りに行ったの」

 なぜか事情を知っているらしいリリスの話では、汚れたルキフェルが温泉に入りたいと言い出した。魔王城について直ぐに移動してしまったらしい。すぐにアスタロトもルシファーも戻ると思っていたので、城を空けた自覚は皆無だろう。

「あの2人は働きすぎですから、ある程度大目に見るしかありませんね」

 苦笑するアスタロトに、ルシファーが噛みついた。

「オレだってちゃんと仕事してるのに、どうして扱いが違うんだ?!」

「おや……いつも書類を処理せずにいなくなるのはどなたでしょうね。あなたが書類を出さないことで、各部署から苦情が上がり、我々が署名したり処理します。一度、ご自分の影響をご理解なさった方が良さそうですね」

 藪蛇とはこのことか。青ざめたルシファーが「悪かった」と謝りながら後ずさる。しかし有能な側近が、このチャンスを見逃すはずはなかった。

「いえ、ご理解いただく努力を怠った我らのせいでありましょう。じっくり、ゆっくり、ご説明させていただきますので、ご安心ください」

 まったく安心できない。いい笑顔のアスタロトから逃げようとしたルシファーは、抱き寄せたリリスごと転移しようと試みる。

 ぱりん……乾いた音が鳴る。ガラスが割れたような軽い音がして、ルシファーの足元の魔法陣が砕け散った。

「なんだ、これ」

「新しい実験です。先日ルキフェルが10日間の徹夜で作り上げました。これも陛下の安全のためです」

 ついに呼び方が私的なルシファー様から、公的な陛下に変わる。ここで逃げたら後が怖い。項垂れたルシファーの純白の髪を引っ張り、リリスが囁いた。

「結婚式の邪魔者を片付けたら、一緒に逃げましょうね」

「聴こえていますよ? 先ほども言ったでしょう、私の耳はコウモリの波長も聞き分けるのです」

 びくりと肩を揺らしたリリスとルシファーは、これ以上の抵抗を諦めた。アスタロトに協力する約束を取り付けられ、がくりと項垂れる。今日は仲裁に入るアデーレもいなかった。
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