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80章 勇者は魔王の対じゃない?

1106. 遺跡荒らしの正体みたり

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 リリスに痣が出た。その知らせに、興奮しながら駆け込んだのはベルゼビュートだった。辺境の見回りを放り出した彼女は、何やら小説片手に鼻息が荒い。

「みて! 人族ので見つけたの」

「遺跡って……そう呼ぶほど古くないよ」

 呆れ顔のルキフェルが指摘した通り、滅びて1~2年の種族の住居を「遺跡」はないだろう。7万年以上存在する魔王城はいまだに現役なのだ。超古代遺跡扱いされそうな銀龍石の城で、ルシファーは猫足の長椅子に横たわっていた。

 珍しくリリスが座って、膝にルシファーを膝枕している。尻尾や耳があれば顕著に喜びを露わにしただろう状況で、ルシファーの純白の髪は数本の三つ編み状態だ。手慰みに弄り始めたリリスの作品だが、太さや編み始めの位置が異なりバラバラだった。

「それで、何を見つけたんだ?」

「これ。この本よ。ほら……作り話なんだけど」

 せめて創作と表現なさい。呆れ顔のベールの冷たい視線を無視し、ベルゼビュートは本のページを開いた。分かりやすいようページの角を折った彼女に、本好きのルキフェルが眉を顰める。リリスも「あら、なんてことを」と呟いた。

 面倒くさそうに指先で本を引き寄せたルキフェルが、目を通す。

「長い年月が流れ、勇者と魔王は数え切れぬ戦いを繰り返す。大地を切り裂き、空を割って、水を枯らして戦い続けた。なぜならば――魔王と勇者は常に『対』として存在する…………なにこれ」

 子供に読み聞かせる絵本なのだろう。おどろおどろしい化け物の魔王と、剣を構えて戦う姿勢を見せる勇者らしき青年が描かれていた。内容はともかく、人族も魔王と勇者は対だと考えていたひとつの証拠ではある。

「先日から勇者の話が出てたから、遺跡の中から発掘したのよ」

 得意げなベルゼビュートは、豊かな胸を見せつけるように反らす。ふわふわと巻いたピンクの髪が肩や背を彩った。今日も際どいスリットが入ったドレスを着用している。飾り物や羽織を好まないため、下着と見まごうようなドレス姿だった。

「なるほど。1ヵ月ほど前から報告に上がる、人族の跡地を荒らす賊はあなたでしたか」

 ベールがぴしゃんと言い切った。報告書が複数枚上がっているのだ。人族の都があった場所に現れて何かを漁り、見回りの魔王軍に見咎められると姿を消す……大公なら証拠を残さず消えることも可能。事情を理解したベールが捕獲のために網を取り出した。

「ちょっと! あたくしは良かれと思って」

「魔王軍の管轄下に入った領地を、勝手に弄ってはいけませんよ。法で決めたでしょうに」

 6万年以上前の法だが、いまだに効力が切れずに有効だ。ベルゼビュートの行動は法令違反だった。後退る彼女だが、網の方が早い。魔法をぶつけても効果がなく、剣でも切れなかった。

「なに、これ! 嘘ぉ」

 じたばたと暴れるベルゼビュートだが、暴れるほどに網が収縮して締まっていく。身動きできずに転がる精霊女王に、瑠璃竜王は嬉しそうに近づいた。

「僕の最新作だよ。どう? 感想が欲しいんだけど」

「最低よ、もう! 髪のセットが乱れちゃったじゃない!!」

「うん。効果抜群だね。ベール、実戦投入しよう」

 身内で実験するのは仕方ないとして、この網が魔王軍に実戦配備されることが決まったらしい。のんびり構えるルシファーが、少し青ざめる。あれ、たぶん逃げたオレにも使うんじゃないか?

「どうやったら解けるんだ?」

「ん? 秘密」

 嬉しそうに笑う製作者ルキフェルには、すでに注文者ベールからの口止めがなされていた。出遅れた魔王は己がターゲットになった時を想像して、ぶるりと身を震わせる。横向きに寝直した婚約者の髪を弄りながら、リリスは声を立てて笑った。

「使われないように努力してくださいね」

 釘を刺すベールに、ルシファーは了承するしかなかった。
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