上 下
1,106 / 1,397
80章 勇者は魔王の対じゃない?

1101. 知らぬが仏のすれ違い

しおりを挟む
「転職しようかな」

 アベルは魔王チャレンジでもらった剣を振りながら、ぼやいた。スケルトン騎士が稽古する中に混ぜてもらったのだが、書類運びより向いている。勉強はそれなりに出来たが、好きではなかった。危険を伴うとしても、体を動かす方がいい。

 上司に当たるアスタロト大公が戻ったら相談しよう。稽古にも自然と力が入る。うっかりスケルトン騎士の肋を数本折ってしまい、慌ててエルフに治してもらった。この場合の骨接は修理なのか、治療なのか。そんな話題で彼らと盛り上がりながら、休憩に入った時だった。

 青ざめたアスタロトが横切り、呼びかけようとしたアベルは動きを止めた。本能が告げている。今は近づいてはいけない。息を潜めろ。そう警告する感覚に従い、元勇者アベルは出来る限り小さくなってやり過ごそうとした。しかしスケルトンの群れに人族が混じれば、かなり目立つ。

「アベル?」

 見つかってしまった。びくりと肩を振るわせたものの、無視も出来ない。アベルにとって、未来の義父になる予定の人だ。ルーサルカと婚約関係にある以上、避けて通れない相手だった。

「アスタロト大公閣下。お久しぶりです」

 日本人必須アイテムの愛想笑いで応じた。疲れた顔をしたアスタロトが少し考え、アベルの腕をいきなり掴んだ。

「ちょっと付き合いなさい」

「え、あ、いや……でも、あの」

 咄嗟に断れず、引きずられて行く。そんなアベルに、骸骨姿のスケルトン達が両手を合わせた。シュールな絵に、エルフ達は見なかったことにして剪定作業に戻った。

 アスタロトに捕まったアベルは、大公の執務室のひとつで小さくなっていた。最初の頃に殺されそうになったこともあり、とにかく苦手意識が強い。恐怖心はなかなか克服できず、ルーサルカの婚約者に収まった今でも怖いのが本音だった。

「……ルカに、勘違いされました」

「はぁ」

 溜め息ではなく情けない相槌である。うっかり「そうですか」とも言えない。「大丈夫ですよ」なんて安請け合いも危険だった。この世界は前の日本と違って、簡単に首が飛ぶのだ。物理的に首を落したくなければ、強者に逆らったり機嫌を損ねてはいけない。

 そこから、ぽつぽつとアスタロトが語る話は珍しく感情的なものだった。筋が通っていないわけではないが、順番が多少おかしい。理性的な人なのに混乱してるんだな。休暇で温泉に入った話はただ羨ましい。そこへ美女の同僚が裸で乱入――鼻血出そうな案件ですね。ルシファーとリリスに見つかったところで「なんで?」と突っ込んでしまった。

 あの2人は騒動によっていく磁力でも持ってるのか? 普通、側近が風呂に入ってる時間に自分達が入ろうとしないだろう。中に誰もいないか確かめてから準備するだろうし、そもそもアスタロト大公が入ってたら近づかないんじゃないか。

 妙な部分に気づいてしまった。ベルゼビュート大公の性格からして、彼女は演技ができるタイプじゃない。でもってリリス姫も同じだ。魔王様、もしかしてわざとアスタロト大公に風呂を勧めた? いや、悪戯にしても手が込んでる。

 違う方向へ進む考えに唸るアベルの姿を、真剣に考えてくれているとアスタロトは好意的に受け取った。思っていたより、いい子かも知れませんね。異世界から来た人族というだけで、色眼鏡で見ていたのでしょうか。変な偏見はないつもりでしたが。

 反省するアスタロトと、予想外の想像で悩むアベル。すれ違っているのに、彼らの様子はなぜか噛み合った。冷たい人だと思っていたけれど、他人だけじゃなく自分にも厳しい人なのだろう。騙されて娘に叱られた可哀想な父親像を抱いたアベルは、アスタロトに協力を申し出た。

「僕からルカに話してみます。きっと誤解は解けますよ」

 自主的に協力を申し出た義娘の恋人へ、アスタロトは「頼みます」と小さく呟く。まさか動いてくれるとは。そこまで期待して愚痴ったわけではなく、ただ吐き出したかったのだが……彼ならばルーサルカを任せられるかも知れません。

 知らぬが仏――思わぬところで、2人は互いへの認識を改めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...