上 下
1,100 / 1,397
79章 先祖返りが増えてませんか

1095. 求愛行動で浮気だぞ

しおりを挟む
 翌朝、ルシファーは魔法で風呂を掃除していた。というのも、昨夜調子に乗って薔薇を大量に浮かせたのが原因だ。花びらが排水溝に詰まったらしく、また湯が溢れた。掛け流しなので、どんどん湧き出る湯が脱衣所に流れ込む事態となり、出かける前に掃除を始めたのだ。

 朝風呂の予定が潰れたアスタロトは少し機嫌が悪く、ルシファーも逆らわず掃除を済ませる。薔薇を浮かせるのは、魔王城に帰るまで禁止となった。

「お風呂の薔薇は禁止ね。わかったわ」

 そう納得したリリスだが、泡風呂の話を聞きつけて泡だらけにするのは、もう少し先のことである。

「今日からシアが合流ね」

 休暇明けで合流したルーシアは、リリスにプレゼントされた靴を履いていた。今日は全員同じ靴にすると決めたらしく、女性達は色とりどりの革靴で足を包む。入れ違いでレライエが休暇に入り、彼女はアムドゥスキアスと一緒に街へ買い物に行くらしい。

 レライエに見送られて屋敷の入り口で転移する。約束した場所は、店主が昨日店を出していた路上だ。店主はすでに待っていた。犬獣人の彼の傍に、狐にしか見えない魔獣が座る。

「おはよう、呼び立てて悪かったな」

「いえ。お気になさらず」

 丁重に受けた店主は、隣の狐を示した。かなり大きな狐だが、魔獣なら珍しくはない。問題は尻尾の数だった。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ……5本もあるわ!」

「リリス、まだその数え方なのか」

 気の抜けたルシファーが苦笑いする。教えたのはベールだった。数え方が古風だが、まあ問題はない。小さい頃は可愛いで済んだが、そろそろ直してやるべきか。実害がないなら放っておくべきか。

 どうでもいいことで悩み始めた主君をよそに、アスタロトは片膝を地につけて魔獣と視線を合わせた。白茶の毛皮を持つ狐は、美しい緑の瞳をしている。5本の尻尾は立ち上がり、ゆらゆらと揺れた。

「魔力量が多いですね。見事です」

 見覚えのある種族だったので、アスタロトの緊張は解れた。新種だとすれば、人狼の時のように保護したり、同族の有無を調査する必要がある。兄弟姉妹に同じ種族がいれば、問題はないのだが。

「妖狐族でしょう」

「特徴から言っても間違いない」

 ルシファーも見覚えのある狐に頷いた。魔獣としての姿と、人の形の両方を器用に使いこなす一族だ。5000年ほど前に滅びたが、蘇っていたらしい。遠い先祖に血が混じっていたのだろう。魔力量が多いことが特徴で、魔法に関しては直感であれこれと工夫する職人気質な性格をしていた。

「懐かしい」

 思わず呟いたルシファーの目に、もう1匹狐が映った。兄の後ろに隠れていたらしい子狐は、尻尾が2本だ。これはルシファー達の翼と同じく、魔力量を示していた。

「妹、かしら」

 リリスが微笑んで膝をつく。おいでと手招くと、子狐は躊躇なく飛びついた。まだ生まれて間もないのか、膝の上で寝転がって無防備に甘える。

「可愛い」

「ぬいぐるみみたい」

 ルーサルカやルーシアが声をあげるが、少し距離を空けていた。というのも、兄狐が緊張しているからだ。大切な妹を守ろうとする兄に、ルシファーが話しかけた。

「そなたの作った魔法の杖だが、作り方を見せて欲しい。それと妖狐族の復活を申請しなくてはいけないので、魔王城へ一度顔を出してくれないか」

「……わかりました」

 素直に応じた兄狐は、隣で不安そうな犬獣人の父を見上げて尻尾を振った。ルシファーに対する警戒は解けたらしい。妖狐は自分への邪心を、本能的に見抜くと言われてきた。害を与える気がないと伝わったことで、安心したように尻尾の揺れが大きくなる。

「立派な尻尾ね。触っ……」

 触ってもいい? 尋ねようとしたリリスの口を、慌ててルシファーが塞ぐ。間一髪、間に合った。

「リリス、尋ねたのは正解だが。妖狐に対して尻尾に触るのは求愛行動になるから、ダメだ。浮気だぞ」

 触る前に尋ねるのは原則だが、妖狐だけは除外される。滅びた種族だったので伝えていなかった。危ない、魔王妃が公道で浮気宣言をするところだ。焦ったのはアスタロトも同じで、咄嗟にリリスの周りに遮音結界を張った。

「……ごめんなさい」

「いや、言わなかったからな」

 こちらが悪い。驚いた顔で尻尾を逆立てた狐が落ち着くまで、彼らはその場所から動かずに路上でひたすら待ち続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...