上 下
1,095 / 1,397
79章 先祖返りが増えてませんか

1090. 魔獣が美味しく頂きました

しおりを挟む
「さて……どう刻んだものか」

 すでに刻んで魔物の餌にすることを確定した言葉に、ガープは叫んだ。神龍の灰色の巨体がうねる。

「なんで、おれが捕まるんだ? 罪状は何だって」

「我が君に楯突いた罪」

 被せるようにアスタロトが笑った。恐怖を増幅するような笑顔は黒く、どこまでも暗かった。恐ろしさに後ずさるものの、逃げ場はない。

「殺したら、理由、そう理由がわからなくなるぞっ!」

 少しでも生存確率を上げようと叫んだガープに、アスタロトは笑顔を崩さぬまま首を傾げた。まるで仮面のようだ。貼り付けた表情はぴくりとも動かない。

「理由など不要。事実があれば構わん」

 魔王を狙う行為は、正式な手法を用いた魔王位簒奪のための戦いであれば罪に問われない。返り討ちにあっても、一族は挑戦者の勇気を讃えるし、他の一族も素直に称賛した。長き世を生きた彼らにとって、勇者や爵位簒奪者は人生のスパイスなのだ。

 短い寿命の一部を訓練や鍛錬に費やし、全力でかかってきたなら誰も嘲笑したりしない。だが、他者を騙し操り、当事者以外を巻き込む行為は犯罪だった。今回のガープが行った唆しも含まれる。

 魔王を守り治世を支えるのが、大公の仕事のひとつ。罪人の処分に臨むアスタロトの感情は揺るがない。目の前の愚かな龍を処分するだけだった。泣こうが喚こうが関係ない。

「ひっ……うわぁあああ!」

 逃げられないと知りながらも、必死に森へ向かった。森の中にひらけた広場は、血の臭いがする。それが恐怖を掻き立てる材料だった。アスタロトの領地にある処刑場は、土の色まで赤茶に染まる。大量の血を吸った大地は、どんよりと空気が重かった。

 ばしっ! 激しい音と共に、弾かれたガープは地面に転がる。可視化された結界が、ドーム状に張られていた。慌てて頭を地面に擦り付ける。

「た、助けてくれ」

「擦り下ろすか」

 まったく聞いていない。アスタロトの手が伸びるのを、震えながらガープは見ているしか無かった。己の尻尾が掴まれ、やがて徐々に自分という存在が消されていくのを……。






「片付けを任せます」

 気持ちが落ち着いたこともあり、アスタロトは魔獣に穏やかに話しかけた。待っていた彼らは大喜びで肉にありつく。半分ほどは擦り下ろしてしまったので、この場で食べるしかない。だが残りは細切れにしたので持ち帰ることも可能だった。アスタロトも食材として一部を収納する。

「神龍ですから、栄養もたっぷりですよ」

 まるで愛玩動物に餌をやるように、優しく話しかける姿は返り血で真っ赤だった。浄化を使えない吸血鬼は、汚れた己の姿に苦笑いする。それから手を一振りして着替えた。顔や髪に飛んだ血も水や風の魔法で綺麗に消し去る。

 ご馳走にありつけると頭を下げてお礼を示す魔獣を見回し、アスタロトは魔王の魔力を終点として飛んだ。不心得者を片付けた彼は機嫌が良い。転移先を探って眉を顰めた。すでに定めた終点は揺るがない。その場に現れた金髪の側近は、目の前の光景に額を押さえた。

「あ、アスタロト! ちょうどよかった、何とかしてくれ」

 頼るルシファーの裾に、様々な魔獣の子がしがみつく。肉や魚を振る舞ったため、噂を聞いて集まったのだ。ところが屋台が仕入れる材料は限りがあり、足りなくなった。子供達はまだ食べ足りないと、ルシファーにお願いをしている最中というわけで。

「わかりました。何とかしましょう」

 肩をすくめたアスタロトに、「出来るだけ穏便に頼む」とルシファーは両手を合わせた。隣のリリスも拝む仕草をする。しかし座り込んだ未来の魔王妃は大公女達と一緒に、角兎を撫で、猫科の魔獣を膝に乗せたり、巨大な魔狼の腹を撫でたりと忙しかった。

 楽しそうな娘ルーサルカの姿を見ながら、アスタロトは書類を1枚作成する。それから収納にしまった神龍の肉の一部を取り出した。

「この肉を焼きましょう」

「「「がうぅう」」」

 盛り上がる魔獣の子達。肉の元の姿に思い至ったルシファーは複雑そうな顔をしたが、言及しなかった。ただ決してその肉を口にしなかったという。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、内容が異なります。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...