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78章 温泉旅行は驚きがいっぱい
1073. 休暇の初日だからな
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結論から言うと、魔法陣がやや焦げていた。ルシファーがよく使う主寝室に魔法陣を仕掛けてあった。気を利かせすぎたピヨは、奥の主寝室から掃除を開始したらしい。
「直り、ますでしょうか?」
恐々覗くヤンは、ぺたりと耳が垂れている。養い子の失態に、気持ちが折れていた。フェンリルは風の魔法を使うものの、魔法陣と縁がない。そのため、焼けた魔法陣を見ても修復可能か判断できなかった。
屋敷が元に戻らなかったら、腹を切って詫びるべきか。この首ひとつで納得してもらえるだろうか。不安は尽きない。毛皮と首でなんとか……そう嘆願しようとした時、ルシファーが煤の上に膝をついた。壊れた魔法陣の端を指でなぞる。
「問題ないな。この程度なら発動するし、元の形がわかるから復元可能だ」
「うっ……我が君」
鼻を啜るヤンに、笑いながら立ち上がった。邪魔にならないよう大型犬サイズに縮んだフェンリルの鼻先を、優しく撫でる。
「ヤンの失態じゃないし、ピヨも反省している。次は叱るが、今回は見逃そう。何しろ休暇の初日で機嫌がいいからな」
巻き込んでいた尻尾を振りながら礼を口にするヤンを見ながら、アスタロトは肩をすくめた。魔王本人がそれでいいと言うなら、別に口出しすることではない。
たとえ……この魔法陣がどう見ても修復不能であったとしても。ルシファー自身が何とかすると断言したなら、側近が口を挟む話ではなかった。ルシファーが口にした通り、今日は休みの初日なのだ。わざわざ険悪な雰囲気を作ることはない。
「では陛下にお任せし、部屋割りをしましょうか」
何度も訪れた別邸は、側近達も自由に使ってきた。部屋の数や間取りは頭に入っている。取り出した紙に、さらさらと図面を描いた。
「主寝室の隣は、護衛の部屋となるのが慣わしですので……イポス。向かいの部屋は私が。あなた方はここから西側の部屋を好きに選んで構いませんよ」
東の端にある主寝室から順番に決めていき、余った部屋は15部屋。普段誰が住むわけでもないのに豪勢だが、これには理由があった。30年に一度程度の感覚で、魔王城の侍女や料理人の大量入れ替えが行われる。その際の研修施設としても利用されてきた。
部屋の間取りは魔王城を参考にしており、実践に近い環境で研修が出来るため有用だ。また上司を通して申請することで、会議や親睦会での利用も許可された。魔王城に勤める者の特権なのだ。過去には魔王城の侍従長を500年ほど勤めた男が、家族連れの温泉旅行をする際に魔王から借りた記録もあった。
「私はここ、リーはどうする?」
「なら隣にする。向かい側はシアとルカが使えばいいわ」
休暇明けの仕事で到着予定の同僚の部屋も決めた。アスタロトにそれを伝え、後ろを振り返る。
「魔法陣を発動する。全員外へ出てくれ」
復元の魔法陣は、壊れる前に仕掛けておくのが発動条件のひとつだ。壊される前の状況に戻すには、不純物が少ない方が楽だった。つまり、この部屋にいる者がすべて不純物に該当する。
「陛下、ここ……間違ってますよ」
レライエのバッグから身を乗り出した翡翠竜が指摘したのは、焼け焦げた部分だった。
「ん? ああ、本当だ」
「これでは屋敷が吹き飛びますね」
アスタロトも確認して眉を寄せる。なんだか心配になってきた。ルシファーが吹き飛ぶ懸念はないが、魔法陣ごと消去したら復元が大変になる。端から端まで確認するアスタロトの後ろへ、婚約者のバッグから飛び降りたアムドゥスキアスも近づいた。
「こうして、こう」
円がぼやけた部分を修正し、煤で汚れた手を洗浄する。ぺたぺたと戻った翡翠竜を、レライエが回収してバッグに詰め直した。
「私達は外で待機します」
シトリーとレライエが手を振ると、リリスも振り返した。この時点でリリスは動く気がない。後ろに控えるイポスも同様だが、魔法陣のチェックを終えたアスタロトに促された。
「ヤン、イポス、ピヨ。外へ出ますよ」
自分も行くと大公アスタロトに言われては、逆らうことができない。2匹と1人は彼に従って屋敷を出た。
「直り、ますでしょうか?」
恐々覗くヤンは、ぺたりと耳が垂れている。養い子の失態に、気持ちが折れていた。フェンリルは風の魔法を使うものの、魔法陣と縁がない。そのため、焼けた魔法陣を見ても修復可能か判断できなかった。
屋敷が元に戻らなかったら、腹を切って詫びるべきか。この首ひとつで納得してもらえるだろうか。不安は尽きない。毛皮と首でなんとか……そう嘆願しようとした時、ルシファーが煤の上に膝をついた。壊れた魔法陣の端を指でなぞる。
「問題ないな。この程度なら発動するし、元の形がわかるから復元可能だ」
「うっ……我が君」
鼻を啜るヤンに、笑いながら立ち上がった。邪魔にならないよう大型犬サイズに縮んだフェンリルの鼻先を、優しく撫でる。
「ヤンの失態じゃないし、ピヨも反省している。次は叱るが、今回は見逃そう。何しろ休暇の初日で機嫌がいいからな」
巻き込んでいた尻尾を振りながら礼を口にするヤンを見ながら、アスタロトは肩をすくめた。魔王本人がそれでいいと言うなら、別に口出しすることではない。
たとえ……この魔法陣がどう見ても修復不能であったとしても。ルシファー自身が何とかすると断言したなら、側近が口を挟む話ではなかった。ルシファーが口にした通り、今日は休みの初日なのだ。わざわざ険悪な雰囲気を作ることはない。
「では陛下にお任せし、部屋割りをしましょうか」
何度も訪れた別邸は、側近達も自由に使ってきた。部屋の数や間取りは頭に入っている。取り出した紙に、さらさらと図面を描いた。
「主寝室の隣は、護衛の部屋となるのが慣わしですので……イポス。向かいの部屋は私が。あなた方はここから西側の部屋を好きに選んで構いませんよ」
東の端にある主寝室から順番に決めていき、余った部屋は15部屋。普段誰が住むわけでもないのに豪勢だが、これには理由があった。30年に一度程度の感覚で、魔王城の侍女や料理人の大量入れ替えが行われる。その際の研修施設としても利用されてきた。
部屋の間取りは魔王城を参考にしており、実践に近い環境で研修が出来るため有用だ。また上司を通して申請することで、会議や親睦会での利用も許可された。魔王城に勤める者の特権なのだ。過去には魔王城の侍従長を500年ほど勤めた男が、家族連れの温泉旅行をする際に魔王から借りた記録もあった。
「私はここ、リーはどうする?」
「なら隣にする。向かい側はシアとルカが使えばいいわ」
休暇明けの仕事で到着予定の同僚の部屋も決めた。アスタロトにそれを伝え、後ろを振り返る。
「魔法陣を発動する。全員外へ出てくれ」
復元の魔法陣は、壊れる前に仕掛けておくのが発動条件のひとつだ。壊される前の状況に戻すには、不純物が少ない方が楽だった。つまり、この部屋にいる者がすべて不純物に該当する。
「陛下、ここ……間違ってますよ」
レライエのバッグから身を乗り出した翡翠竜が指摘したのは、焼け焦げた部分だった。
「ん? ああ、本当だ」
「これでは屋敷が吹き飛びますね」
アスタロトも確認して眉を寄せる。なんだか心配になってきた。ルシファーが吹き飛ぶ懸念はないが、魔法陣ごと消去したら復元が大変になる。端から端まで確認するアスタロトの後ろへ、婚約者のバッグから飛び降りたアムドゥスキアスも近づいた。
「こうして、こう」
円がぼやけた部分を修正し、煤で汚れた手を洗浄する。ぺたぺたと戻った翡翠竜を、レライエが回収してバッグに詰め直した。
「私達は外で待機します」
シトリーとレライエが手を振ると、リリスも振り返した。この時点でリリスは動く気がない。後ろに控えるイポスも同様だが、魔法陣のチェックを終えたアスタロトに促された。
「ヤン、イポス、ピヨ。外へ出ますよ」
自分も行くと大公アスタロトに言われては、逆らうことができない。2匹と1人は彼に従って屋敷を出た。
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