1,050 / 1,397
76章 一難去るとまた……
1045. 検査のための呼び出し
しおりを挟む
早い帰宅だったので、イザヤとアンナは腕を組んで買い物に出た。人族ではなく魔族の一員となった日本人に、ダークプレイスの住人は厚意的だった。
「アンナちゃん、これどうだい? 夕食のメインになるよ」
「魚……ブリかしら?」
「今朝の海で獲れたそうだ。転送してもらったから新鮮だぜ」
ごつい熊獣人が呼び止め、彼の大きさからすると小ぶりな魚を指差す。ブリに似た外見の魚は、見た目もでっぷり太っている。良質な魚を、転送で瞬時に送ってくる上、保管は収納空間だ。下手な冷蔵庫より保管状態がよかった。
「頂くわ」
「じゃあ、捌くぜ」
魔法陣の上に肥えた魚を横たえると、魔力を注ぐ。一瞬で切り身と骨、内臓などが分かれた。本来は肉を捌くための魔法陣らしいが、肉屋も魚屋も一緒なのだ。海から魚を獲って食べるのは、近年の習慣らしい。
切り身を受け取り、アンナは手慣れた様子で魔法陣が描かれた紙で包んだ。これはラップと同じ効果をもたらす。魚を捌く魔法陣は小売店、ラップの魔法は一般家庭に普及していた。
隣の八百屋を覗き、両手で抱える大きさのキャベツもどきを購入する。少し歩いて調味料や香辛料の専門店で、買い足しを行った。キャベツを収納したアンナは、兄と腕を組んだまま他の店を冷やかす。途中でチーズケーキに似たしっとり系で酸味のあるお菓子を買い、笑顔で帰宅した。
離れに住むアベルが嫁をもらうまでは、料理を作る気でいるアンナは、手慣れた様子で3人分の魚を調味料に漬けていく。鼻歌を歌う彼女の隣で、イザヤは野菜を刻んで鍋に放り込んだ。魔力がそこそこあるので、魔法陣は積極的に活用する。
魔王城公認の魔法陣ショップで、新しい便利グッズを探す楽しみも覚えた。最近買って便利だったのは、アクセサリーを固定する魔王印の魔法陣だ。小さなピンで前髪を留めて、魔法陣を重ねるだけで固定完了だった。優秀すぎて別の場所でも活躍している。
干した洗濯物が飛ばないように固定したり、ベッドのシーツの端を留めたり。意外と汎用性が高かった。その魔法陣がリリスのリボン固定用に開発された噂は、かなり有名だ。
「連絡なかったから、アベルも早いのよね」
「待っていて一緒に食べるか」
「その方がいいわ。ルカちゃんとの進展具合も知りたいもの」
自分の恋がうまくいったら、他人の恋が気になる。わかりやすい妹の考えを注意も否定もしない。ここは異世界で、他人の目を気にして生きていく場所ではなかった。自由に思うままに生きて、他者に迷惑をかけなければいい。
可愛い妹の髪に口付けたところで、アベルが帰宅した。門を通ったアベルに声をかけ、全員が食卓に揃う。仕事の内容は互いに守秘義務があるので、帰り道の話や魔王城の噂など……会話は軽いものが中心だった。
ブリっぽい魚は煮付けにされ、白米と一緒に並ぶ。味噌汁に似せた塩味のスープを添えて、見た目はともかく味は日本食だった。片付けを終えて、チーズケーキもどきを切ろうとしたところで、アベルが短剣を引き抜いた。イザヤも剣を手にとる。
「誰か来た」
ぽつりと呟いた声に、ノックが重なった。本来は門を潜る前にベルの魔法陣が鳴る。だが音はなかった。緊張が走る室内で、イザヤがアベルと剣を交換する。ベルトの背中部分に短剣を隠してドアを開けた。
アベルの離れとの間はハーブの庭がある。庭へ続くキッチン側の裏扉を開いたイザヤは、困惑した顔で訪問者を受け入れた。
「遅くに申し訳ありません。今日のルキフェルの実験に、2人が立ち会ったと聞いています。すぐに魔王城へ戻って検査を受けてください」
銀髪に青い瞳の美貌を歪ませ、ベール大公は辛そうにそう告げた。
「アンナちゃん、これどうだい? 夕食のメインになるよ」
「魚……ブリかしら?」
「今朝の海で獲れたそうだ。転送してもらったから新鮮だぜ」
ごつい熊獣人が呼び止め、彼の大きさからすると小ぶりな魚を指差す。ブリに似た外見の魚は、見た目もでっぷり太っている。良質な魚を、転送で瞬時に送ってくる上、保管は収納空間だ。下手な冷蔵庫より保管状態がよかった。
「頂くわ」
「じゃあ、捌くぜ」
魔法陣の上に肥えた魚を横たえると、魔力を注ぐ。一瞬で切り身と骨、内臓などが分かれた。本来は肉を捌くための魔法陣らしいが、肉屋も魚屋も一緒なのだ。海から魚を獲って食べるのは、近年の習慣らしい。
切り身を受け取り、アンナは手慣れた様子で魔法陣が描かれた紙で包んだ。これはラップと同じ効果をもたらす。魚を捌く魔法陣は小売店、ラップの魔法は一般家庭に普及していた。
隣の八百屋を覗き、両手で抱える大きさのキャベツもどきを購入する。少し歩いて調味料や香辛料の専門店で、買い足しを行った。キャベツを収納したアンナは、兄と腕を組んだまま他の店を冷やかす。途中でチーズケーキに似たしっとり系で酸味のあるお菓子を買い、笑顔で帰宅した。
離れに住むアベルが嫁をもらうまでは、料理を作る気でいるアンナは、手慣れた様子で3人分の魚を調味料に漬けていく。鼻歌を歌う彼女の隣で、イザヤは野菜を刻んで鍋に放り込んだ。魔力がそこそこあるので、魔法陣は積極的に活用する。
魔王城公認の魔法陣ショップで、新しい便利グッズを探す楽しみも覚えた。最近買って便利だったのは、アクセサリーを固定する魔王印の魔法陣だ。小さなピンで前髪を留めて、魔法陣を重ねるだけで固定完了だった。優秀すぎて別の場所でも活躍している。
干した洗濯物が飛ばないように固定したり、ベッドのシーツの端を留めたり。意外と汎用性が高かった。その魔法陣がリリスのリボン固定用に開発された噂は、かなり有名だ。
「連絡なかったから、アベルも早いのよね」
「待っていて一緒に食べるか」
「その方がいいわ。ルカちゃんとの進展具合も知りたいもの」
自分の恋がうまくいったら、他人の恋が気になる。わかりやすい妹の考えを注意も否定もしない。ここは異世界で、他人の目を気にして生きていく場所ではなかった。自由に思うままに生きて、他者に迷惑をかけなければいい。
可愛い妹の髪に口付けたところで、アベルが帰宅した。門を通ったアベルに声をかけ、全員が食卓に揃う。仕事の内容は互いに守秘義務があるので、帰り道の話や魔王城の噂など……会話は軽いものが中心だった。
ブリっぽい魚は煮付けにされ、白米と一緒に並ぶ。味噌汁に似せた塩味のスープを添えて、見た目はともかく味は日本食だった。片付けを終えて、チーズケーキもどきを切ろうとしたところで、アベルが短剣を引き抜いた。イザヤも剣を手にとる。
「誰か来た」
ぽつりと呟いた声に、ノックが重なった。本来は門を潜る前にベルの魔法陣が鳴る。だが音はなかった。緊張が走る室内で、イザヤがアベルと剣を交換する。ベルトの背中部分に短剣を隠してドアを開けた。
アベルの離れとの間はハーブの庭がある。庭へ続くキッチン側の裏扉を開いたイザヤは、困惑した顔で訪問者を受け入れた。
「遅くに申し訳ありません。今日のルキフェルの実験に、2人が立ち会ったと聞いています。すぐに魔王城へ戻って検査を受けてください」
銀髪に青い瞳の美貌を歪ませ、ベール大公は辛そうにそう告げた。
10
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる