上 下
1,044 / 1,397
76章 一難去るとまた……

1039. 食糧難が目前でした

しおりを挟む
 飢えた狒々の親子は食事を与えられ、残り少ない仲間と一緒に森へ返されることとなった。ここで命を奪っても、当事者の気が済む以外の使い道がない。森に生息する個体数をむやみやたらに減らさない原則に従い、各個体の飢餓状態をチェックするに留めた。

「おかしいなぁ……食べてるんだよね」

 胃や腸の中にある程度の食糧を消化した痕跡が見受けられる。それは数日以内のことなのに、肋骨が浮き出るほど痩せる筈がなかった。今年の森の状況を調査した魔王軍の報告書にも、実りの果実はそれなりに豊富だったと記されている。

 書類を引っ掻き回したルシファーの後ろを片付けながら、アスタロトが眉をひそめた。何か異常事態が起きているのは間違いなく、それは魔の森に関することではないかと推測される。また厄介ごとの予感に顳を指で押さえた。

「リリス姫は何か気づきませんでしたか?」

「……魔の森がくらいかしら」

 寝ている……その表現に、じゃあいつ起きているのか。そんな疑問が大公と魔王の間に広がる。怪訝そうな顔ながら、ルシファーが確認を始めた。

「普段は起きてるのか?」

「私が生まれてからずっと起きてたわ。人族を亡ぼす戦いの後……そうね、神龍のお爺ちゃんが亡くなったあたりで寝ちゃったみたい」

 リリスは記憶をたどるように空中に視線を固定して、考えながら言葉を探す。モレクが大往生を遂げたあたりといえば、ちょうど人族の殲滅戦が一段落ついた頃だった。人族やその土地に集められた魔力と一緒にモレクの魔力が拡散し、魔の森が急激に成長した。

「成長しながら眠ったのですか?」

「成長するから寝るのよ」

 アスタロトの疑問に、リリスは当然のように答えた。

「赤ちゃんは寝てる時間が長いのと同じかも」

 ルキフェルは自分が知る事例になぞらえて呟く。リリスが「そうそれよ」と大きく同意した。木々が成長する程度なら問題ないが、奪われていた広大な大地を覆い尽くす森の負担は大きいのだろう。すべての力を成長に注ぐため、魔の森自身の意識を眠らせたとしたら。

「ずいぶん大規模な成長なのか」

「少量ずつですが奪われて続けた魔力が戻ったのと同時期に、モレクの溜めた魔力も還元されましたから。すべてを森の拡張に注いだのでしょう」

 納得して一段落したところで、ベールが話の大筋を戻す。

「その拡張と森の動物の飢えに、因果関係があるのでしょうか」

 集まった資料を眺める限り、木の実や小動物の激減は見られなかった。事実、同じような食性の魔獣は痩せていない。だから気づくのが遅れたという状況もあった。

 人族の騒ぎに気を取られ、話や意思疎通の出来る魔獣から不満が上がらない。動物は魔族に分類されない獣であり、こちらに訴える知能も会話能力もなかった。そのため気づいたら手遅れに近い状況なのだ。

「狒々の追跡調査も頼む」

「手配済みです」

 解放した狒々が再び森の恵みを口にして飢えるようなら、なんらかの保護対策が必要になる。そもそも今回渡した食料も彼らを太らせる一助になるかどうか。森の動物が絶えれば、次は動物を餌にする魔獣の番だ。最終的に魔族全体の食糧問題となる。

「大変な事態になってきたな」

 ルーサルカは自室に戻り、アベルも屋敷に戻った。この場にいるのは大公以上の存在だけ。不安が滲んだルシファーの呟きに、黒髪のお姫様は明るく返した。

「大丈夫よ、寝ても数十年もすれば起きるわ」

「リリス、その数十年で獣が絶えてしまうんだ」

 驚いた顔をするリリスは「まあ、大変」と今更ながらに、事の重大さを理解した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...