上 下
1,038 / 1,397
75章 バランスが崩れる兆し

1033. 思わぬラッキー事故

しおりを挟む
 狩りの獲物は広い場所で専門家が捌くもの。それが魔族の通例になりつつあるのは、専門家が捌いた方が綺麗で価値が上がるからだ。当然ながら素人が血抜きしてもうまくいかない。その点を考慮し、新鮮なうちに獲物は収納へしまった。

 野営があればその場で捌いて食べることもあるため、基礎教育の一環としてルーサルカもアベルもやり方は学んでいる。今回は幼子に分類される子狼のアミーがいるので、血生臭い状況を避けたのもあった。しかし鼻のいい魔獣は臭いに釣られて集まる。

「しまうのが遅かったみたい」

 大量の食糧をアベルに渡したりしていたため、地面にかなり血が垂れた。この場で次の狩りをしてもいいが、大型がくると面倒だ。

「移動しようか。大勢でも楽しいだろ」

「獲物は狩ったし、ピクニックに変更したらいいわ」

 食べ終えた食器を片付け、デートプランを変更する。無理に2人きりでなくても、デートはデートだ。そう言い切ったアベルに、ルーサルカの好感度は高まっていた。いやらしいこともしないし、アミーを構う様子をみても子供好きみたい。

 生んだ子供と一緒の未来を想像して頬を赤く染める少女は、足元の注意が疎かになっていた。地表に飛び出した木の根に躓き、転びかけた彼女をアベルが支える。咄嗟に伸ばしたルーサルカの腕がアベルの首に回り、支えようとしたアベルが少し屈んだ。

 ちゅ……。

 触れるだけの事故、アベルにとって幸運な事故だった。真っ赤になったルーサルカが両手で口元を隠すが、耳や首筋まで赤い。そしてこの事故は、偶然見てしまったある男に衝撃を与えた。

「私の娘に……なにをっ!」

 魔王ルシファーの決断があと少し早ければ、防げたかもしれない事故だった。逆に許可が遅ければ見なくてよかった光景でもある。転移した直後、眼前で行われたキスシーンにアスタロトは膝から崩れ落ちた。

「あ、お義父様。倒れたとこを支えてもらっただけですから」

 慌てた様子で両手を振って言い訳するルーサルカに、アスタロトはゆらりと身を起こした。真っ赤な顔で動きの止まった獲物を照準に収める。さあ、どうやって死にたい?

「あ、あの……ルカに触れてしまいました。すみません」

 怒りに表情が消えたアスタロトの纏う黒い気配に気づかぬまま、アベルは慌てて頭を下げた。かっと頭に上った血が、すっと落ちる。

 この時点でアベルは取り乱した状態で、魔力の感知が出来ていなかった。これが幸いした形だ。もし気づいていたら悲鳴をあげて逃げただろう。言い訳も謝罪もせず逃げれば、後ろから撃たれるのは必定だった。まじめな性格が功を奏し、アベルが素直に頭を下げたことはアスタロトの頭を冷やした。

 これは不幸な事故だった。当事者にとって幸運でしかない事実を覆いつくし、アスタロトは大きく深呼吸する。ここでアベルを攻撃すれば、狭量を責められるでしょうね。自嘲するアスタロトは気づいていなかった。もし過去の彼なら、もう半年前なら確実にアベルを殺しただろう。

 本人達が思うより、アベルは認められているのだ。そうでなければ、キスシーンを目撃した瞬間に消し炭だった。言い訳を聞いてやろう。そう思った時点で、アスタロトは彼をルーサルカの婚約者として認めている証拠だった。

「お義父様、このあたりでピクニックに向いている場所はありませんか?」

 話を逸らすようなルーサルカに微笑みかけ、人狼の親子も視野に入れる。ここはアスタロトの領地の目の前で、地図を取り出さなくても地形は頭に入っていた。子供が喜び、娘が行ったことのない場所……風を見るように目を細め、季節を確認する。

「この先に美しい景色がありますよ」

 寒い季節にだけ咲く、美しい赤い花。自然に群生したその花木は、いつの間にか草原を半分ほど埋め尽くした。あの場所なら、ルーサルカも喜ぶでしょう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

処理中です...