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73章 誤算と失われる痛み

1014. これは年長者の役目よ

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 奇妙な道具を使う人族を発見した。その報告に飛んだのは、若い竜族だ。残った吸血種はそれぞれに得意な術で、掃討作業を続けた。

 火薬の弾ける爆音が響く戦場で、霧や蝙蝠の群れとなって攻撃を交わす吸血鬼の動きは、人族に混乱をもたらす。近づいた若い吸血鬼が、銃を構える女性の首筋に噛み付いた。小腹がすいた程度の感覚だった。無理に食べる必要はないが、もったいないと考えたのだ。

「きゃああああ!」

 つんざくような悲鳴の直後、ドンと鈍い音がして若い吸血鬼が目を見開く。体から力が抜け、手足の末端から灰になった身体が千切れた。信じられない面持ちで牙を抜き、獲物を放り出す。女の手は赤く濡れ、その指が掴んだ金属が煙を吐き出した。

 腹部を貫かれた痛みに、甲高い警告音を発する。吸血種や蝙蝠など超音波を聞き取れる一部の同族へ向け、若い吸血鬼は断末魔に似た声を放った。聞き取った同族が遠巻きに集まり、崩れて塵になった仲間の姿に絶句する。

 仕事として淡々と行われていた駆除作業が、変化した瞬間だった。憎悪を滲ませる報復の声が上がり、若い吸血鬼を殺した女は炎で焼き尽くされる。生きたまま末端から焼かれる女が息堪える頃、他の人族への過剰な反撃が始まった。

 あっという間に憎悪と怒りが感染していく。止める上位者が不在の戦場は、必要以上に残虐な行為が横行した。一撃で奪える命を甚振る彼らの上に、モレクが到着したのはこの頃だ。

「なんという……陛下に顔向けが出来ぬぞ」

 嘆く神龍の長老の声に、我に返る者が出始めた。慌てて周囲の同族を宥めるが、追い詰められた人族は必死だ。窮鼠猫を噛む――どれほど弱くても、反撃される可能性はあった。

 ましてや異世界との間に空いた穴から降ってきた人族は、この世界にない武器を所持している。そのことを失念した魔族へ向け、大きな筒状の武器が向けられた。だが人族に脅威を感じない龍は、のったりと長い体を空中でくねらせる。

「モレク様、この場は収めますゆえ」

「一度お引きください」

 新たな子供達が生まれない種族は、戦場で優先的に退く権利を得る。それは数を減らさぬための法であり、他種族の気遣いだった。素直に頷いた長老モレクの巨体だが、彼は後ろから攻撃を受けた若いエルフに気づく。

「若者を助けるは年長者の役目よ」

 己の寿命を省みて、これが最後の戦場だろう。ならば若者を見捨てて生き残る、見苦しい真似は出来ぬ。モレクは尾でエルフを庇った。その動きでモレクの運命が決まる。逃げなかった彼の無防備に晒された腹部で、複数の爆発が起きた。

「撃てっ!」

「すべて撃ち込んで逃げるぞ」

「早くしろ」

「装填した弾が……うわっ」

 爆音と同時に破裂した龍体が、ぐらりと傾く。霧や蝙蝠になる吸血種と違い、龍はその巨体が的になった。人族が新たに手にした異世界人の武器は、両手で抱えるほどの火薬を詰めた弾を上空まで飛ばし、モレクの顔や腹を直撃する。吸血種が張った魔法障壁をすり抜けた弾が当たり、焦って物理反射の結界を張るが……時すでに遅かった。

「ぐっ、よけ……ろ」

 かろうじて味方に叫んだのを最後に、巨体は大地に叩きつけられた。ぐちゃりと潰れる音がして、逃げ損ねた人族が巻き添えになる。建物を壊し、数十人を押し潰した巨体が痙攣し、その口から赤い血が吐き出された。

「へい、か……」

 お役に立てず、申し訳ございません。声にならないモレクの謝罪に、吸血種の助けを求める音が響き渡った。転移の使える数人が、治癒の得意な精霊族や魔王軍の精鋭を連れに飛ぶ。混乱した戦場で、なんとか助かった人族が這い出た。

「今のうちに……」

 逃げようと続く言葉への返答は、骨まで溶かす高温の炎と吐き捨てる一言だった。

「死ね」

 吸血鬼が放った冷淡な声で、人族は最後の1人まで焼き尽くされる。肉の焦げる臭いと骨が溶ける音が不快な戦場で、巨大な龍の体から魔力が零れ落ちた。

「モレク様が……っ」
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