965 / 1,397
70章 人族の大量落下事件
960. 溺れる者は恩人を害する
しおりを挟む
「うわっ! 今度は竜だぞ!」
「嘘だろ。ここ……何なんだよ」
「もういやぁ! 帰りたい」
泣きじゃくる女の甲高い声、叫んで人を指差す失礼な男、どちらも腹立たしい。僕達魔族を怒らせることにかけて優秀なのは、人族の才能なのかな。
ぶんと尻尾を振ると、沼地の泥が跳ね上げられた。全身に泥を被り、慌てて顔を拭ったり口に入った泥を吐き出す連中をよそに、ルキフェルは周囲を見回す。
リザードマンが棲まう沼地は、棚田のように沼がいくつも重なる作りだった。自然に出来た段差を利用し、縁を作って水を保持する。最低限の手を加えるが、自然な状態を維持する彼らの土地はぐちゃぐちゃだった。
美しい沼に何かが突き刺さり、その巨大な塊から出てきた人族が喚き散らす。奇妙なのは、この状況でリザードマンが見当たらないことだった。彼らは己を戦士と位置づけ、戦わずに逃げる種族ではない。竜を尊敬する彼らがルキフェルの来訪に出てこないのは、おかしかった。
少し先にある島は、鱗人族の聖地だ。緑に覆われた島はさほど大きくないが、神殿が置かれていた。沼地で取れる葦を刈り、乾燥させて屋根や壁を編むのは女性達の仕事だ。その神殿と巫女である女性達を守るのが、戦士である男の役目だった。
「……なんてことを」
ぐるると喉を鳴らして呻く。魔力のありかを探ったルキフェルの目に飛び込んだのは、荒らされた島だ。倒れた男達は小さな傷から血を流していた。手にした槍を離さず、何とか侵入を阻止しようと戦ったのがわかる。
びしゃんと泥を跳ねながら近づけば、生きている数人が身動ぎした。
「動くな、傷が広がるからそのまま」
同じ鱗を持つ種族だ。その硬さはよく知っている。貫いた武器は不明だが、腹や胸に開いた穴は治癒で塞げるだろう。この場所は辺境に近い位置にあるため、地脈が流れていない。
治癒魔法陣を呼び出し、多少の変更を加える。それから島全体を覆う形で広げた。両手をついて、一気に魔力を注げば魔法陣の文字が光った。流れた血を体内へ戻し、傷を塞ぐ。痛みをもたらす原因である傷がなくなれば、彼らも動けるだろう。
無防備に背を晒したドラゴンへ、人族は武器をむけた。結界を張るルキフェルの背で、何かが弾ける衝撃があった。同時にパンと手を叩いた時の軽い音が響く。何かを焦がしたような臭いがして眉を寄せる。その音を聞いた途端、リザードマンが青ざめた。
「ルキフェル様、彼らの武器の音です!」
「おケガをなさったのでは?」
結界に何かが当たった感触はある。振り返れば、武器は落ちていない。剣を叩きつけたような衝撃だったけど……奇妙な感覚に、ひとまず結界を重ねた。物理と魔法障壁を3重にして島ごと取り込む。折角治したリザードマンに攻撃されるわけにいかないからね。
「ねえ、ボティスはどこ?」
「連れ去られた巫女を追いました」
そこからリザードマンの戦士は、悔しそうに説明を始めた。突然空から落ちて溺れる人族を救助して島にあげたこと、彼らが突然奇妙な金属の塊で攻撃してきたこと、傷ついた巫女を逃すために立ちはだかる戦士が次々と倒れたこと。
当代の巫女は長であるボティスの妹だ。逃した彼女の悲鳴に、ボティスがこの場を離れ、神殿を死守した彼らは全滅しかけたらしい。まだボティスが戻っていないなら、向こうで何かあったのだろう。
「わかった。結界を残していくから、この中にいて。仲間が逃げてきたら、手を繋げば中に入れられる」
人族も魔族も弾く結界だが、中から伸ばされた人の誘いなら入れる。結界の情報を書き換え、魔法陣を少し変化させてから再発動させた。羽を広げて空に舞い上がる。
見回す先は森があり、視界が遮られた。だが魔力を追うことは出来る。巫女の魔力は知らないルキフェルだが、ボティスは何度も顔を合わせていた。彼を探すためにくるりと上空を旋回する。
「いたっ!」
思ったより離れていない。滑空して、森の木々を傷つけないように空中で人化した。羽と角を残して水色の髪を風に揺らす竜王は、地上の景色に目を見開いた。
「嘘だろ。ここ……何なんだよ」
「もういやぁ! 帰りたい」
泣きじゃくる女の甲高い声、叫んで人を指差す失礼な男、どちらも腹立たしい。僕達魔族を怒らせることにかけて優秀なのは、人族の才能なのかな。
ぶんと尻尾を振ると、沼地の泥が跳ね上げられた。全身に泥を被り、慌てて顔を拭ったり口に入った泥を吐き出す連中をよそに、ルキフェルは周囲を見回す。
リザードマンが棲まう沼地は、棚田のように沼がいくつも重なる作りだった。自然に出来た段差を利用し、縁を作って水を保持する。最低限の手を加えるが、自然な状態を維持する彼らの土地はぐちゃぐちゃだった。
美しい沼に何かが突き刺さり、その巨大な塊から出てきた人族が喚き散らす。奇妙なのは、この状況でリザードマンが見当たらないことだった。彼らは己を戦士と位置づけ、戦わずに逃げる種族ではない。竜を尊敬する彼らがルキフェルの来訪に出てこないのは、おかしかった。
少し先にある島は、鱗人族の聖地だ。緑に覆われた島はさほど大きくないが、神殿が置かれていた。沼地で取れる葦を刈り、乾燥させて屋根や壁を編むのは女性達の仕事だ。その神殿と巫女である女性達を守るのが、戦士である男の役目だった。
「……なんてことを」
ぐるると喉を鳴らして呻く。魔力のありかを探ったルキフェルの目に飛び込んだのは、荒らされた島だ。倒れた男達は小さな傷から血を流していた。手にした槍を離さず、何とか侵入を阻止しようと戦ったのがわかる。
びしゃんと泥を跳ねながら近づけば、生きている数人が身動ぎした。
「動くな、傷が広がるからそのまま」
同じ鱗を持つ種族だ。その硬さはよく知っている。貫いた武器は不明だが、腹や胸に開いた穴は治癒で塞げるだろう。この場所は辺境に近い位置にあるため、地脈が流れていない。
治癒魔法陣を呼び出し、多少の変更を加える。それから島全体を覆う形で広げた。両手をついて、一気に魔力を注げば魔法陣の文字が光った。流れた血を体内へ戻し、傷を塞ぐ。痛みをもたらす原因である傷がなくなれば、彼らも動けるだろう。
無防備に背を晒したドラゴンへ、人族は武器をむけた。結界を張るルキフェルの背で、何かが弾ける衝撃があった。同時にパンと手を叩いた時の軽い音が響く。何かを焦がしたような臭いがして眉を寄せる。その音を聞いた途端、リザードマンが青ざめた。
「ルキフェル様、彼らの武器の音です!」
「おケガをなさったのでは?」
結界に何かが当たった感触はある。振り返れば、武器は落ちていない。剣を叩きつけたような衝撃だったけど……奇妙な感覚に、ひとまず結界を重ねた。物理と魔法障壁を3重にして島ごと取り込む。折角治したリザードマンに攻撃されるわけにいかないからね。
「ねえ、ボティスはどこ?」
「連れ去られた巫女を追いました」
そこからリザードマンの戦士は、悔しそうに説明を始めた。突然空から落ちて溺れる人族を救助して島にあげたこと、彼らが突然奇妙な金属の塊で攻撃してきたこと、傷ついた巫女を逃すために立ちはだかる戦士が次々と倒れたこと。
当代の巫女は長であるボティスの妹だ。逃した彼女の悲鳴に、ボティスがこの場を離れ、神殿を死守した彼らは全滅しかけたらしい。まだボティスが戻っていないなら、向こうで何かあったのだろう。
「わかった。結界を残していくから、この中にいて。仲間が逃げてきたら、手を繋げば中に入れられる」
人族も魔族も弾く結界だが、中から伸ばされた人の誘いなら入れる。結界の情報を書き換え、魔法陣を少し変化させてから再発動させた。羽を広げて空に舞い上がる。
見回す先は森があり、視界が遮られた。だが魔力を追うことは出来る。巫女の魔力は知らないルキフェルだが、ボティスは何度も顔を合わせていた。彼を探すためにくるりと上空を旋回する。
「いたっ!」
思ったより離れていない。滑空して、森の木々を傷つけないように空中で人化した。羽と角を残して水色の髪を風に揺らす竜王は、地上の景色に目を見開いた。
20
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる