上 下
951 / 1,397
69章 異世界からの落とし物

946. 痛くないのかしら

しおりを挟む
 危険だからと説明する間に、結界の外の靄が晴れてきた。爆発の煙で白く塞がれた視界がクリアになると、予想外……ではなく宣言通りの光景が広がる。

 ベルゼビュートの右腕が折れている。青紫に腫れた肘を見ながら、ルシファーが溜め息を吐いた。対してルキフェルにケガは見当たらない。やり過ぎかと思うが、頼んだ手前止めづらかった。ここはベールを呼ぶか?

 これ以上、魔王軍の仕事を邪魔すると後が怖い。あのタイプは忙しくなるとキレるから、あまり無理をさせたくなかった。仕方ないので、自分で止めに入る。

「ルキフェル、その……」

「わかってるよ、両手両足で我慢してあげるから」

「……そ、そうか」

 楽しそうに笑う無邪気さに滲む残酷さは、蝶の羽をむしる子供と同じだ。後で治せば問題ないと判断したのだろう。だが治癒が得意なベルゼビュートを倒してしまって、ルーシアやルーサルカで対応可能か? まあ、オレが治してもいいが……。

 以前に熱を出したルキフェルを治そうとして、失敗した記憶が過ぎる。今回はケガだから大丈夫だろう。いきなり爆発したりしないはずだ。自分に言い聞かせたルシファーは、ごくりと喉を鳴らした。どうも魔力量が多い大公への治療で失敗する傾向がある。互いの魔力が反発するのか。

「ベルゼ姉さんは、痛くないのかしら」

 考えに没頭するルシファーの背中から顔を覗かせ、リリスが不思議そうに呟いた。そこで気付く。彼女はあれほどの傷を治そうとせず、そのままルキフェルと組み合っていた。痛覚が麻痺しているか、操る者は痛覚がないのか。ならば捨て身の攻撃を仕掛ける危険もあった。

「ルキフェル! 痛覚が麻痺してるかも知れん。気を付けろ」

 注意に手を振って答えたルキフェルが、ベルゼビュートの蹴りを避けた。ふわりと空中で一回転したルキフェルが、手を口元に当てて考え込む。

「物理的に切り落とす?」

「却下だ」

 即座に切り返したルシファーに、残念そうなルキフェルが頷く。その頬を剣先が抜けた。ぎりぎりで回避したルキフェルが、剣を握る左腕に絡み付いた。空中でくるりと向きを変える。ごきんと鈍い音がして、ベルゼビュートの腕がだらんと落ちた。手にした聖剣が大地に転がる。

 肩の関節を外したのだ。この方法ならば、切り落とさずに無効化できる。

「ぐぁあああ」

 獣のような声を上げたベルゼビュートの口から泡が飛び出す。痛みは感じている。しかしそれを無視して動く何かに支配された彼女の身体は、何とかルキフェルを排除しようと右手を持ち上げた。震える指先でルキフェルに手を掛けようとする。

 距離を詰めたルキフェルが、にっこり笑って優しい声で囁いた。

「無様だね、ベルゼビュート。もうルシファーの側近を名乗れないよ」

 直後に右腕の肩も外した。両腕が使えない状態で、今度は蹴りを放とうと足掻く。いっそ哀れなほどの実力差だった。もしベルゼビュートが正気だったなら、互角以上の戦いを繰り広げただろう。

「ルキフェル。弱い者いじめはちょっと……」

 もう少し手加減してやれ。後ろの少女たちの目もあるので、嗜めようとした瞬間――ベルゼビュートの動きが変わった。足を奪おうと蹴りを放ったルキフェルの攻撃を避け、逆に伸ばした彼の足を上から踏みつけて骨を折る。

「くっ、痛ぅ……何これ。最低よ、女性には優しくしなさいって、教えたでしょう!!」

「あんたに教わった記憶はないけど……僕の足を折らなくても防げただろ」

 ルキフェルはさっさと己の体内を巡る魔力で治癒を施す。あらぬ方向を向いた脛は一瞬で元に戻った。

「あたくしは折られてたのよ?!」

 怒りと屈辱が引き金か、ベルゼビュート本人の叫びが口をつく。次いで己の両肩を修復し、右肘の骨折を治した。身体中の傷が色を薄くし、傷口を塞ぎ、徐々に元の美しい姿を取り戻す。だがピンクの巻毛は乱れて、一部ストレートになっていた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

処理中です...