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67章 襲撃の残り火

918. 奪う価値があるから罰でしょう

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 魔王の魔王様に関する物騒な会話がなされている頃、魔王城に戻ったアスタロトは妖しげな微笑みを湛えて廊下を歩く。侍従のコボルトは壁に張りついて道を譲り、侍女や文官達も顔を引きつらせて手前を曲がった。笑顔なのに怒らせた雰囲気がにじみ出ている。

 間違いなく、これから「お楽しみ」なのだと察してしまった。触らぬ吸血鬼王に祟りなし――この場に日本人がいたら、魔族に新しい諺が伝授されたことだろう。

 魔王城の地下には牢が2種類ある。不法侵入を試みた者らを一時的に拘束する城門の地下、そして城の真下にある『刑が確定した者』を収監する檻だ。城門地下牢では暴れない限り、手足は自由だった。魔王城の地下牢は犯罪者専用であるため、牢の壁や床に手足を拘束した上で魔力を封じる首輪を嵌められる。

 コツコツと靴音を響かせながら石造りの牢の廊下を歩き、3つ目の檻の前で足を止めた。見下ろすアスタロトの前に、手足を開いた状態で腹を床に押し付けて鎖を巻かれたドラゴンがいる。

 身体の大きな種族を収容する目的で、下の階をぶち抜いて作られた牢は、床に大きな穴が開いた形だった。四角い箱の上半分に切り込みを入れたように鉄格子がつけられ、下は完全に石造りとなっている。全身に絡みついた魔法仕込みの鎖は、ある程度伸縮に余裕があった。

 身じろぎ程度は許されるが、立ち上がったり向きを変える行為は無理だ。周囲の石壁や床、天井に至るまですべての石材に魔力や衝撃を吸収する魔法陣が刻まれていた。逃走防止に関しては、城が作られて8万年の間にあらゆる対策が取られた。新種の種族が未知の能力を持っていない限り、この牢からの脱走は不可能だ。

「反省、したようには見えませんね」

 睨みつけるカイムの様子を確かめ、アスタロトは口角を持ち上げた。あれだけの騒動を起こし、今更になって反省して情状酌量を求められても困る。子供であれ、貴族としての力を持ち恩恵にあずかった者ならば、相応の罰が必要だった。

 彼に与えられた親の教育は、本家のラインを補佐して魔王に尽くすためのもの。ならば、間のラインが弓引く前に諫めるのが彼の役目だった。間に合わなかったとしても、それを悔やむのならわかる。逆恨みして魔王と魔王妃を害そうと画策するなど……見せしめの対象とされても仕方あるまい。

 今回の事件だけでなく、カイムは前の事件を知っていた可能性が浮上している。竜の裁きに関して瑠璃の神竜王ルキフェルが一切口出ししないのは、カイム少年を見限った証拠だった。たとえ命を奪う罰であっても口出ししないと宣言したことになる。エドモンドはしっかり理解していた。

 恋に盲目となり主君に弓引いた息子と甥――次世代を2人失うとしても、彼は主君への忠義を貫くと示した。だからドラゴニア家は存続を許されているのだ。

 収納に手を入れ、ざらりと何かを掻きだした。アスタロトの白い手と対照的な紺色のそれは、ひらひらと舞うようにして牢内に降り注ぐ。軽くて、ぶつかるとシャラシャラ涼し気な音がした。

「これ……」

「ええ、あなたに協力したドラゴンの鱗ですよ」

 主家の命令に逆らえなかった子供に対する罰として、痛みを増幅する魔法陣の上で彼は鱗をすべて剥がれた。命に係わる逆鱗以外のすべてを、1枚ずつ奪ったのだと言い聞かせる。すべてはお前が起こした騒動のせいなのだ、と。

「俺達の鱗はっ!」

「ええ、大切な物でしょう? だから奪う価値があるのですよ。さぞ痛かったでしょうね、で1枚ずつ、激痛に泣きながらですよ」

 言い聞かせながら、笑顔ですべての鱗を巻き終えた男に、子供は心の底から怯えた。恐怖という感情を魔王以上に抱く相手に、全身が震える。気づかぬうちに、下肢は粗相でべっとり濡れていた。
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