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67章 襲撃の残り火

916. 短所ではなく長所なのだから

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 近づけた髪に髪飾りを固定すると、リリスは嬉しそうに笑う。

「凄く可愛い! 嫌でなければ、普段から使ってくれると嬉しいわ」

 そう言われて、ぎこちなく頷いたキマリスは混乱していた。巨人族は身体が大きく「可愛い」という表現は互いに使わない。他種族に対して使うことはあるが、それは「小さい」と同意語で使われてきた。その言葉が自分に向けられたことが信じられないのだ。

「ああ、すごく似合ってる」

 顔見知りのサタナキア公爵令嬢イポスの誉め言葉に、キマリスは身をかがめた。小さな声で「本当に?」と確認する。キマリスは自分が可愛いと思ったことはないのだろう。歯に衣着せぬさっぱりした性格のイポスは、大きく頷いた。それから持ち歩いている鏡を取り出す。

 収納から取り出したのは手鏡と表現できないサイズの鑑だった。姿見ほどではないが、鏡台に設置されてもおかしくない大きさだ。騎士としての己に誇りをもつイポスは、バストアップ部分だけではなく、少し離れれば全身が確認できる鏡を常に持ち歩いていた。

「これをみろ」

 ちょうどよかったと彼女に向ければ、「あら」「まあ」と零れる友人の声が聞こえて頬を緩める。鏡を真剣に覗いた彼女が満足したところで、鏡を収納へ放り込んだ。

「可愛いだろう。さすがはリリス様だ。私がいくら言っても信じてくれなかったが、さすがに今日は信じたか?」

 幼少時から何度もキマリスを「綺麗だ」「可愛い」と褒めても納得しなかったが、今度こそ信じるだろう。自分の手柄のように胸を張るイポスに、キマリスは泣きそうな顔で「そうね」と同意した。

 巨人族に生まれたから、どれだけ楚々とした雰囲気を作っても足音は大きい。他の動物を驚かせてしまうし、動作も大きくて怖い。そう思い込んで、出来るだけ小さく見えるように振舞ってきたけれど。大きくても可愛いと言ってもらえたことが嬉しかった。

 現れた時から姿勢の悪さが気になっていたルシファーは、本能的に察したリリスの言動に驚く。まるで以前から知っていたように、彼女の悩みを真っすぐに貫いた。破壊して粉々に砕く威力で、リリスは相手の心に入り込む。ならば、最後の一押しはオレが手伝うか。

「キマリス、我が民であることを誇り、胸を張れ。折角の長所が台無しだ」

 整った顔の魔王にそう告げられ、頬が赤くなった。猫背なのは周囲から注意され続けた悪癖だ。出来るだけ小さく見せようと努力した結果だが、巨人族であることを恥じたことはない。ならば、誇って顔を上げればいいと告げる魔王の言葉を信じてみようと思った。

 大きなリボンの飾りはだらりと長く、右耳にかすかにリボンの先が触れる。それが擽ったくて表情が緩んだ。

「笑うとさらに可愛いわ」

 キマリスから見たら、魔王の腕にすっぽりと収まる小柄なリリスこそ「可愛い」を体現する存在だ。そんな彼女は嘘偽りなく、本心から褒めてくれた。前を向いて胸を張ってみよう、彼女が褒めてくれる自分を認められるように。

 表情が明るくなったキマリスを連れ、一行は街へ繰り出した。尻尾を振るフェンリルの上で仲睦まじい魔王と魔王妃の様子を見ながら、キマリスは友人のイポスと久しぶりの会話を楽しんだ。

 途中でルーサルカがいくつか質問をし、キマリスは丁寧に答える。すると、ルーシアやレライエも会話に加わった。空を飛んでいたシトリーも降りて加わる。大公女達はその地位を振りかざすことなく、民やキマリスと言葉を交わした。

 平和な光景を前に、アスタロトは穏やかな表情で彼女らを見守る。徐々に慣れてきた大公女達が、これから苦労することも、悩むことも知っていた。だから平和で穏やかな時間は、目いっぱい享受すればいい。

「お義父様は今日だけですか?」

 突然のルーサルカの問いに、アスタロトは静かな声で返した。

「ええ。私は明日から少し……外せない仕事がありますので夕方には失礼します」

 地下牢で待っている少年を思い浮かべ、明日以降のささやかな愉しみに口元を歪めた。
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