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67章 襲撃の残り火

915. 実るほど頭を垂れる稲穂かな

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 侯爵家の娘キマリスが視察の間の同行者となる旨の連絡があり、合流を待つ間に民との触れ合いの時間を設けた。先日大量に献上されたコカトリスやオーク肉を積み重ね、人々に分け与える。

 強者より分けられた獲物は、血肉となり己に不足した力を補う――巨人族に伝わる言い伝えをそっと耳打ちしたアスタロトに感謝し、ルシファーが風の刃で切り裂いた。大量に保管した獲物を捌くのにも適した場所だ。巨人たちの食欲は旺盛で、彼らは祭りに参加することも少ない。

 巨体を動かすために必要なエネルギーが大きいため、普段は地脈沿いの街から離れないのが常だった。そのため視察で立ち寄る機会も多い街だ。巨人が来られないなら、魔王が出向けばいい。そう聞かされて、アベルは驚きに目を瞠った。

「人族なら逆ですね。王に足を運ばせるのは臣下として傲慢だとか。力関係が逆転した、と取られかねないですから避けるでしょう」

 外では出来るだけ敬語を使うようにしているアベルは、そう呟いた。確かに人族の王族ならそう考えるかもしれません……アスタロトも素直に頷く。彼の考え方は人族の一般的な思考を探る上で、よい材料だった。アンナやイザヤの方が魔族に近い考えを持っている。

「人族の王族は自身を誇張する傾向が強いですね」

「あれって見栄だと思いますよ。人の上に立つべき存在なら、もっと謙虚じゃないと。俺の世界では謙虚って美徳でした。――実るほど頭を垂れる稲穂かな」

 アベルは思い出した諺をぽろりと口にした。初めて聞く言葉に目を瞬かせたアスタロトが尋ねる。

「アベル、実るほど……の意味を尋ねても構いませんか?」

「あ、ええ。もちろんです。いわゆる教訓とか諺なんですけど。稲穂は実を付けて豊かになる程、重さで頭を下げるんです。でもそこまで育つ間に、たくさんの手が掛かります。自分が実って豊かになったとき、助けてくれた人のことを思って頭を下げられる謙虚な人になりなさいって意味です」

「よい言葉です」

 これは使えると頷くアスタロトの手を揺らし、嬉しそうにルーサルカが頬を緩める。

「安心しました。お義父様とアベルは仲いいんですね」

 その爆弾発言に素直に「仲良くなれるといいな」と呟くアベルに、嫌味のひとつも言えなくなり……アスタロトは諦めに肩を落とした。外堀から固めるのは得意ですが、やられると腹が立ちます。問題は本人たちが無意識であり、皮肉も通じないことでしょうか。

 天然タイプの扱いは魔王ルシファーやベルゼビュートで慣れたつもりだったが、思わぬ伏兵に眉を寄せる。そこへ大人しそうな女性が声をかけてきた。

「アスタロト大公閣下、お久しぶりでございます。シパクナー侯爵家のキマリスです。遅れたことを陛下にお詫びしたく、ぜひともお取り成しくださいませ」

 品の良いご令嬢の声に振り返ると、背が高いイポスをさらに超える身長の女性が頭を下げた。茶色や緑など地味な自然色の服が好まれる巨人族の中で、彼女も若草色のワンピースを身に纏う。髪は腰まで長いブラウンで、穏やかな雰囲気だ。

 長身であるのに、腰を曲げて視線を合わせる。挨拶を終えても真っすぐに立たないキマリスの姿に、ルシファーは違和感を覚えた。しかしまだ口出しする場面ではない。

 以前の謁見で顔を合わせたアスタロトを見つけ、他の方に紹介を頼むのはキマリスらしい気遣いだった。淑女の挨拶に優雅に一礼して応じたアスタロトが、ルシファーへ彼女を紹介する。隣のリリスは紹介されるや否や、自分の収納から大きなリボンがついた淡いオレンジの髪飾りを取り出した。

「これを付けてくださる? きっと似合うわ」

 礼を言って受け取ったものの、巨人族は飾り物を身に纏う習慣がないため困惑顔だった。ヤンの上から手を伸ばし、落っこちそうになったリリスをルシファーが支える。目いっぱい腕を伸ばす彼女に寄り添う形で、キマリスはヤンの背にそっと手をついた。
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