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67章 襲撃の残り火

910. 罰の肩代わりは出来ません

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 殺す必要はない。そんな親切な罰を誰が下してやるものか。貴族家の出身者であっても、魔力が使えなければ魔物同然である。魔力を保有する器はあるが、使用する能力を持たない。街の民も生活で魔法を使う。強者になる程、当たり前に魔力に依存した生活をしてきた。

 カイムも同様だ。魔力が使えなければ、何も出来ない人族同然、すこし頑丈な子供だった。死なせれば名誉の死と飾ることも出来る。無力なまま生き恥をさらす道を選んだのは、カイムの愚かさゆえの自業自得だった。

「カイム・エル・ドラゴニアに対する罰は、魔力の封印が相応しいでしょう」

 賛否を問うベールの低い宣言に、他の大公達は各々違う表情を見せた。

 ベルゼビュートはわずかに目を見開いた後、肩を竦めて「賛成」と片手を肩の高さにあげる。アスタロトは「異議なし」と冷たく言い放った。ルキフェルだけが迷う仕草を見せる。そこに温情の余地があると思ったのか、カイムの視線が突き刺さった。

「僕はと思うけど……いいよ」

 答えたルキフェルの青い瞳が残酷に光を弾く。感情を乗せない無表情で突き放したルキフェルは、ベールの指先をきゅっと握った。しっかり握り返したベールは、その場で平伏するエドモンドへ宣告する。

「反対なし。よってカイム・エル・ドラゴニアの魔力を生涯封印します。封印は私が行いましょう」

「そこには異議を。私に預けていただきたい」

 アスタロトが赤い瞳で獲物を見据えながら、封印役を名乗り出る。冷酷さにおいて比する者のない吸血鬼王の立候補に、エドモンドの後ろに控える両親が心配そうに顔を見合わせた。命を奪われることはないと安堵した途端の発言は、不安を掻き立てる。

「あの……」

「口を出すでない」

 母親の細い声を、ぴしゃりとエドモンドが遮った。カイムの母は己の妹である。当主と同等の教育を受けた彼女は、己の息子の教育を誤った。兄妹そろって失敗したのに、温情を求めるのは筋違いだ。己に厳しいエドモンドの声に、妹夫妻はごくりと喉を鳴らした。

「ご安心ください。決議の通り、魔力を封じるだけです。ええ、ですよ」

 身体を傷つけたり、他の能力の封印はしない。繰り返すことで強調したアスタロトの物言いは、逆に不安をあおった。エドモンドですら「本当ですか?」と問い返しそうになる。

 意味ありげな笑みを口元に称える美貌の吸血鬼に、精霊を従える女王は苦笑いした。

「……あたくしが同じ立場なら、死にたいわ」

 封じた魔力に何を仕掛けるつもりやら。同情を滲ませるベルゼビュートの脳裏によぎったのは、数千年前の事件だった。カイム同様に魔力を封じられた神龍がいたが……。彼の末路はそれは悲惨なもので、さすがにベルゼビュートも「殺してあげればいいのに」と思ったほどだ。

「では、お任せします」

 ベールがあっさりと引いたことで、カイム少年の処罰はアスタロト担当になった。ドラゴンは本来ルキフェルの担当だが、むっとした顔で口を開かない。関与したり庇う気はない意思表示だろう。満足そうに頷いたアスタロトへ、エドモンドはさらに話を続けた。

「エル・ドラゴニア家の処断ですが……」

「陛下が不要と仰せられました」

 すでにルシファーが指示を出していた。エドモンドならまた爵位の格下げか、下手すれば返上を申し出るだろう。それは竜種にとって良い未来ではない。そう考えた魔王は先回りした。リリスを傷つけられていれば罰を躊躇わなかったが、今回は必要ない。

 こういった事例に対処する方法を学ぶ機会として、魔王妃にも大公女達にも最適の教材だった。そう告げたルシファーの明るい表情を思い出し、寛容な主君の言葉を伝える。目を見開いたエドモンドは複雑そうな表情を見せた。

 何らかの罰を受けて詫びたい心と、助かった妹夫婦への温情に感謝する気持ちが、彼の表情に現れていた。穏やかな口調でアスタロトは話を締め括る。

「罰は当事者が受けるもの、誰かが肩代わりするものではありませんよ」

 長く生きたからこそ重みのある言葉に、エドモンドは平伏するしかなかった。
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