915 / 1,397
67章 襲撃の残り火
910. 罰の肩代わりは出来ません
しおりを挟む
殺す必要はない。そんな親切な罰を誰が下してやるものか。貴族家の出身者であっても、魔力が使えなければ魔物同然である。魔力を保有する器はあるが、使用する能力を持たない。街の民も生活で魔法を使う。強者になる程、当たり前に魔力に依存した生活をしてきた。
カイムも同様だ。魔力が使えなければ、何も出来ない人族同然、すこし頑丈な子供だった。死なせれば名誉の死と飾ることも出来る。無力なまま生き恥をさらす道を選んだのは、カイムの愚かさゆえの自業自得だった。
「カイム・エル・ドラゴニアに対する罰は、魔力の封印が相応しいでしょう」
賛否を問うベールの低い宣言に、他の大公達は各々違う表情を見せた。
ベルゼビュートはわずかに目を見開いた後、肩を竦めて「賛成」と片手を肩の高さにあげる。アスタロトは「異議なし」と冷たく言い放った。ルキフェルだけが迷う仕草を見せる。そこに温情の余地があると思ったのか、カイムの視線が突き刺さった。
「僕は軽すぎると思うけど……いいよ」
答えたルキフェルの青い瞳が残酷に光を弾く。感情を乗せない無表情で突き放したルキフェルは、ベールの指先をきゅっと握った。しっかり握り返したベールは、その場で平伏するエドモンドへ宣告する。
「反対なし。よってカイム・エル・ドラゴニアの魔力を生涯封印します。封印は私が行いましょう」
「そこには異議を。私に預けていただきたい」
アスタロトが赤い瞳で獲物を見据えながら、封印役を名乗り出る。冷酷さにおいて比する者のない吸血鬼王の立候補に、エドモンドの後ろに控える両親が心配そうに顔を見合わせた。命を奪われることはないと安堵した途端の発言は、不安を掻き立てる。
「あの……」
「口を出すでない」
母親の細い声を、ぴしゃりとエドモンドが遮った。カイムの母は己の妹である。当主と同等の教育を受けた彼女は、己の息子の教育を誤った。兄妹そろって失敗したのに、温情を求めるのは筋違いだ。己に厳しいエドモンドの声に、妹夫妻はごくりと喉を鳴らした。
「ご安心ください。決議の通り、魔力を封じるだけです。ええ、封じるだけですよ」
身体を傷つけたり、他の能力の封印はしない。繰り返すことで強調したアスタロトの物言いは、逆に不安をあおった。エドモンドですら「本当ですか?」と問い返しそうになる。
意味ありげな笑みを口元に称える美貌の吸血鬼に、精霊を従える女王は苦笑いした。
「……あたくしが同じ立場なら、死にたいわ」
封じた魔力に何を仕掛けるつもりやら。同情を滲ませるベルゼビュートの脳裏によぎったのは、数千年前の事件だった。カイム同様に魔力を封じられた神龍がいたが……。彼の末路はそれは悲惨なもので、さすがにベルゼビュートも「殺してあげればいいのに」と思ったほどだ。
「では、お任せします」
ベールがあっさりと引いたことで、カイム少年の処罰はアスタロト担当になった。ドラゴンは本来ルキフェルの担当だが、むっとした顔で口を開かない。関与したり庇う気はない意思表示だろう。満足そうに頷いたアスタロトへ、エドモンドはさらに話を続けた。
「エル・ドラゴニア家の処断ですが……」
「陛下が不要と仰せられました」
すでにルシファーが指示を出していた。エドモンドならまた爵位の格下げか、下手すれば返上を申し出るだろう。それは竜種にとって良い未来ではない。そう考えた魔王は先回りした。リリスを傷つけられていれば罰を躊躇わなかったが、今回は必要ない。
こういった事例に対処する方法を学ぶ機会として、魔王妃にも大公女達にも最適の教材だった。そう告げたルシファーの明るい表情を思い出し、寛容な主君の言葉を伝える。目を見開いたエドモンドは複雑そうな表情を見せた。
何らかの罰を受けて詫びたい心と、助かった妹夫婦への温情に感謝する気持ちが、彼の表情に現れていた。穏やかな口調でアスタロトは話を締め括る。
「罰は当事者が受けるもの、誰かが肩代わりするものではありませんよ」
長く生きたからこそ重みのある言葉に、エドモンドは平伏するしかなかった。
カイムも同様だ。魔力が使えなければ、何も出来ない人族同然、すこし頑丈な子供だった。死なせれば名誉の死と飾ることも出来る。無力なまま生き恥をさらす道を選んだのは、カイムの愚かさゆえの自業自得だった。
「カイム・エル・ドラゴニアに対する罰は、魔力の封印が相応しいでしょう」
賛否を問うベールの低い宣言に、他の大公達は各々違う表情を見せた。
ベルゼビュートはわずかに目を見開いた後、肩を竦めて「賛成」と片手を肩の高さにあげる。アスタロトは「異議なし」と冷たく言い放った。ルキフェルだけが迷う仕草を見せる。そこに温情の余地があると思ったのか、カイムの視線が突き刺さった。
「僕は軽すぎると思うけど……いいよ」
答えたルキフェルの青い瞳が残酷に光を弾く。感情を乗せない無表情で突き放したルキフェルは、ベールの指先をきゅっと握った。しっかり握り返したベールは、その場で平伏するエドモンドへ宣告する。
「反対なし。よってカイム・エル・ドラゴニアの魔力を生涯封印します。封印は私が行いましょう」
「そこには異議を。私に預けていただきたい」
アスタロトが赤い瞳で獲物を見据えながら、封印役を名乗り出る。冷酷さにおいて比する者のない吸血鬼王の立候補に、エドモンドの後ろに控える両親が心配そうに顔を見合わせた。命を奪われることはないと安堵した途端の発言は、不安を掻き立てる。
「あの……」
「口を出すでない」
母親の細い声を、ぴしゃりとエドモンドが遮った。カイムの母は己の妹である。当主と同等の教育を受けた彼女は、己の息子の教育を誤った。兄妹そろって失敗したのに、温情を求めるのは筋違いだ。己に厳しいエドモンドの声に、妹夫妻はごくりと喉を鳴らした。
「ご安心ください。決議の通り、魔力を封じるだけです。ええ、封じるだけですよ」
身体を傷つけたり、他の能力の封印はしない。繰り返すことで強調したアスタロトの物言いは、逆に不安をあおった。エドモンドですら「本当ですか?」と問い返しそうになる。
意味ありげな笑みを口元に称える美貌の吸血鬼に、精霊を従える女王は苦笑いした。
「……あたくしが同じ立場なら、死にたいわ」
封じた魔力に何を仕掛けるつもりやら。同情を滲ませるベルゼビュートの脳裏によぎったのは、数千年前の事件だった。カイム同様に魔力を封じられた神龍がいたが……。彼の末路はそれは悲惨なもので、さすがにベルゼビュートも「殺してあげればいいのに」と思ったほどだ。
「では、お任せします」
ベールがあっさりと引いたことで、カイム少年の処罰はアスタロト担当になった。ドラゴンは本来ルキフェルの担当だが、むっとした顔で口を開かない。関与したり庇う気はない意思表示だろう。満足そうに頷いたアスタロトへ、エドモンドはさらに話を続けた。
「エル・ドラゴニア家の処断ですが……」
「陛下が不要と仰せられました」
すでにルシファーが指示を出していた。エドモンドならまた爵位の格下げか、下手すれば返上を申し出るだろう。それは竜種にとって良い未来ではない。そう考えた魔王は先回りした。リリスを傷つけられていれば罰を躊躇わなかったが、今回は必要ない。
こういった事例に対処する方法を学ぶ機会として、魔王妃にも大公女達にも最適の教材だった。そう告げたルシファーの明るい表情を思い出し、寛容な主君の言葉を伝える。目を見開いたエドモンドは複雑そうな表情を見せた。
何らかの罰を受けて詫びたい心と、助かった妹夫婦への温情に感謝する気持ちが、彼の表情に現れていた。穏やかな口調でアスタロトは話を締め括る。
「罰は当事者が受けるもの、誰かが肩代わりするものではありませんよ」
長く生きたからこそ重みのある言葉に、エドモンドは平伏するしかなかった。
20
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる