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67章 襲撃の残り火

908. 事態の共有は推測を交えて

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 城の主が不在であろうと、重要な決定の申し渡しは謁見の間を使用する。決定内容を魔王が承認している、と内外に示す意味があった。

 カイムを牢に残したまま、城の廊下を歩くベールとアスタロトは無言で視線を交わす。長年こういった事例の対応を行った彼らに会話は不要で、足早に謁見の間に入った。すでに定位置で待つルキフェルが、手元の資料を読んでいる。

「お疲れさん、ねえ……よく無事にしたわね」

 リリスのいる場所で攻撃を仕掛けるなんて、ルシファーに殺されるわよ。そう問うベルゼビュートは、ピンクの巻き毛を指先で弄りながら小首をかしげる。まだ関係者がいない広間は、無機質な冷たさで彼女の声を響かせた。

「どっちかというと、だけど。それに、危なかったのはじゃない」

 ルキフェルが資料から目を離さず、淡々と指摘した。ベルゼビュートは魔王を怒らせる心配をしたが、実際に感情のまま動いたのはアスタロトである。アベルの誘拐も含め、ここまでアスタロトが子煩悩になると誰も想像しなかった。アデーレが養女にした時は、興味を示さなかったのに。

 あの場でルーサルカがケガでも負っていたら、犯人は鱗どころか皮ごとかれたかも知れない。恐ろしい想像は絵空事ではなく、現実になりかねない危機的状況だった。意味深な言い回しに、ベルゼビュートの視線がアスタロトの上を流れる。凝視するのは危険と本能が訴え、目を逸らした。

「そうね」

 曖昧な返答をして誤魔化しながら、ベルゼビュートも手元の資料を慌ててめくり始めた。署名や内容の検討は苦手だが、内容の把握能力はそれなりだ。そうでなければ、過去に魔王城の一時預かりがあった事件で、城の業務は破綻しただろう。

 噂話も好きなので、様々な事情に通じている彼女は目を通した資料を頭の中で整理し始めた。カイムがラインの従兄弟で補佐役だとして、なぜ今頃になって動き出したのか。準備に時間がかかった? それにしても時期がおかしい。

「今頃、なのよねぇ~」

 違和感に眉を寄せるベルゼビュートの脇に立ったアスタロトは、手にしたファイルをぱたんと畳んだ。魔王の入場がないため、いつもと違いルシファーの後ろから入る必要がない。定位置でアスタロトは隣の美女に指摘した。

「今だからこそ、でしょう」

 今更になって行動を起こしたのではなく、今だから動いたのだ。そう言われてベルゼビュートは考えこんだ。向かいでベールに何か尋ねたルキフェルは納得した顔で頷く。

 ラインはリリスに惚れていた。振り向かせることが出来ないなら、魔王と共に死ねばいいと憎むほどに……だとすれば、補佐役のカイムはその話を繰り返し聞かされただろう。洗脳するように染み込んだ意識は、ラインに近い共感を呼び起こす。

 ラインが死んで消沈していた気持ちが回復し始めたところに、リリスの婚約成立の話が舞い込んだ。即位記念祭でお披露目されたリリスの黒いドレス姿は、男女問わず魔族の間に噂を振りまく。嫌でも耳に入る状況で、カイムはラインの気持ちに寄り添ってしまった。

 よく言えば情が深く、悪く言えば思慮が足りない。もう少し付け加えるなら、単に自分達の悲劇に酔った状態だった。死んだラインが可哀想、自分達は悪くないのに、リリスとルシファーが幸せになるのはおかしい。

 一度濁った感情は、泥が沈殿してもまた濁る。己の暗い感情を制御出来ない子供は、濁った泥に噎せて痛みを思い出した。短絡的に行動を起こした理由に思い至り、ベルゼビュートは肩を竦める。こんな事例は過去に何度も見て、対処してきた。

「当事者が死体にならなくてよかったわ」

 断罪する前に消えてしまったら、死体に口なし――悪口や嫌味のひとつも言いづらくなるもの。相手に反論の機会がないのに罵るほどクズじゃないわ。そう言い放った精霊女王の冷淡さに、アスタロトとベールは顔を見合わせ、ルキフェルは入口に目を向けた。

「失礼いたします」

 すでに到着したドラゴニア家の使者達は、丁寧に頭を下げて声掛かりを待った。
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