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66章 ドラゴンの逆鱗

904. 母による愛娘の恋人調査

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 いきなり牢屋だったら、異世界あるあるだと思う。ぼんやりと部屋の中で庭を眺めた。魔王城に保護された時もそうだが、魔族の方が人族より扱いがいいのは何故だろう。人ってどこまでも利己的で残虐になれる生き物らしい。

 日本にいた時は「悪魔」や「魔物」は悪いイメージがあったが、実際に異世界に来ると魔王や魔族の人は理知的だった。人族は人の話を聞かずにあれこれ強要したり、魔族に対して酷いことばかりだ。もう人族は魔族の支配下の方が幸せなんじゃないだろうか。

 アベルの前に広がるのは、赤い花々が揺れる庭だった。なぜか赤い花ばかり植わっている。これはこれで綺麗だが……吸血鬼の城って考えると怖い。ぶるりと身を震わせて振り返った室内は、客間のようだった。全体に濃色なので、黒い印象が強い。ただ重厚感があり、高級そうな感じがした。

 豪華なベッドの上で寝転がり、ごろごろと時間を潰す。アスタロトに影の中に攫われてから、アベルはずっとこの部屋にいた。ルーサルカも一緒に引き込まれてしまったが、別の部屋にいるんだろう。声も聞こえない状況だが、彼が娘に危害を加えると思えないので心配はない。

 食事も風呂、清潔な服に快適な寝具……ダメな引きこもりを作る環境だった。

「うーん、こんな平和でいいんだろうか」

 視察は続いてるのだろう。護衛が減ってしまったし、直前もドラゴンに襲われた。また襲われたら、あの少女達がケガしたりしないか? 男は女を守るもの、祖母にそう教わったアベルは、彼女達の方が強いとしても守る対象として認識していた。

 こんこん、ノックの音に慌てて跳ね起きる。どうぞと入室を促す声は緊張に掠れた。開いた扉の向こうにいたのは、予想外の人だ。

「ごめんなさいね、ルカじゃなくて」

 茶化した言い方をしながら、魔王妃専属の侍女長アデーレが入ってくる。いつもの侍女服ではなく、ワインレッドのドレスだった。豪華さはないのに質がいい生地を使った服は、豊満な彼女の魅力を引き立てる。魅力的な奥様だった。

 普段は後ろで纏める髪を左側に流して軽く留める。その髪留めは、婚約時代にアスタロトが買い与えた物だった。様々な髪飾りを持っていても、久しぶりに会う夫の前ではいつも同じ髪飾りを選ぶ。彼はそのことに気づいていないようだけれど。普段は敏いのに、肝心なところは鈍い――男はみんな同じだわ。

「あの人はちゃんと説得したから、もう少ししたら帰れるわ」

 まず安心できる材料を提示する。頷いたアベルを観察しながら、アデーレは次の情報を小出しにした。気になっている疑問を先に確認したい。

「ルカをどう思ってらっしゃるの?」

 ルーサルカはアベルを気にしていた。一気に婚約まで行かなくとも、ひとまず恋人にはなれそうだ。問題はアベルの側の気持ちだった。初心な愛娘を傷つけるなら、アスタロトが出向くまでもなくアデーレが排除する。娘に恨まれようと、アベルを二度と会わせないことも考えた。

「可愛いと思います。いつも一生懸命で、努力出来るところも尊敬してます。ただ……」

 アデーレは食い入るように見つめながら、言い淀んだアベルの続きを待った。

「頑張りすぎてて辛くないのかな? と思います」

 ルーサルカの親相手にこんな話をしていいのか迷うが、心配してるのも事実だ。張り詰めた糸みたいにピンと緊張していて、何かのはずみで切れてしまったら。彼女は危うい気がして、もっと肩の力を抜いたらいいとアドバイスしたこともあった。ルーサルカは笑って流してしまったけど。

 ぼそぼそと紡がれた言葉に、アデーレは笑顔を浮かべた。淡い口紅に彩られた唇が「合格ね」と呟く。強い部分や両親の地位に惑わされず、娘の本質を見抜いてくれた。ひとまず預けてみてもいいんじゃないかしら? ねえ、あなた。

 足元の影に隠れて様子を窺う夫に、つま先でこつんと合図を送る。アスタロトからの返答はなかった。
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