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66章 ドラゴンの逆鱗
901. パン屋さんは大盛況
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一段落した現場は静まりかえるが、すぐに騒ぎが盛り返した。軽傷者ばかりの治癒が終わると、大公女達はリリスの周りに集まる。
「いけない! パンを預かったままだわ」
影に飲み込まれたルーサルカに手を振って見送ったリリスは、思い出したように手を叩く。
「「「預かった?」」」
周囲から飛んできた疑問へ、リリスは大きく頷いた。ルシファーにお願いして机を用意してもらい、イポスとレライエが手分けしてテントを張り始める。突如忙しくなった魔王周辺に、住民たちが興味津々で集まってきた。
「店のご主人を呼んで」
リリスの声に、慌ててシトリーが走った。イポスに助け起こされた後、小さな傷を癒した竜人の店主はおずおずと歩み寄る。叱られると思ったようで、小刻みに震えていた。
魔王と魔王妃が来訪するのに、脅されたとはいえ店内に敵を引き込んで待ち伏せを許してしまった。平身低頭謝ろうとする店主へ、ルシファーが優しく声をかける。
「気にするな、それより店を壊して悪かった。修理費は魔王城の予算から工面するゆえ、遠慮するでないぞ」
仕事口調で穏やかに言い聞かせ、街の住人を証人として正当な請求であると店主を納得させた。にこにこ微笑みながらルシファーを見守っていたリリスが、机の前に進むと両手を突き出す。
「見ててね」
後ろに立つルシファーを見上げて微笑んでから、リリスは収納に回収した中身を山と積んだ。転がり落ちそうな商品を、ルーシアがいくつか受け止める。顔を見合わせた少女達は、手分けして並べ直しを始めた。
柔らかなパンが潰れないよう、平らに机を埋めていく。バケツリレーのような手際の良さで、次々とパンが並んだ。
「パンは全部無事なの」
「……さすがリリスだ。オレは手が回らなかった」
苦笑いしてルシファーが己の手落ちを認める。店内の敵を排除し、店主を無事に助けるところまでしか考えなかったが、リリスは美味しいパンが勿体無いと回収した。朝早くから働く料理長イフリートを見て、パン屋さんの大変さを学んでいたリリスは店主の気持ちを大切にしたのだ。
お客さんの口に入ることを考えながら作ったパンが、あのような連中に踏みにじられて廃棄されるなんて許せなかった。店内にずっと魔力を放出していたのは、触れた商品を回収する一環だったらしい。
笑顔を絶やさないリリスの言葉に、住民の中から声が上がる。
「あの、そのパンは買えるんですよね! ひとつ欲しいです」
「明日の朝食に買って行こうか」
賑やかになったテント下で、ルシファーがリリスの額にキスを落とす。それから宣言した。
「このパンはすべてオレが買い上げる」
がっかりした様子の住民を眺めてから、ルシファーはぷっと吹き出して付け足した。
「迷惑をかけた住民へ、オレとリリスからの振る舞いだ。好きなパンを選んでくれ」
わっと周囲が湧いて、店主が驚きに目を瞬かせる。魔王がすべて買い上げたことも、多くの人々に振る舞ったことも、助けてもらったことも……小さい頃のリリスを思い出し、店主は目を潤ませた。
視察の目的であるお披露目を兼ねたパンの配布会は好評だった。足りないと言われ、竜人族の店主は慌てて店内に駆け込む。まだ火が落ちていない窯の中へ、午後に焼く予定だったタネを放り込んで焼き始めた。
香ばしいパンの匂いが漂うと、つられたように店内は満員となった。出てくるパンは次々と購入されていく。
「パンは完売になりそうだな」
リリスの好きなうさぎのクリームパンだけでも、頼んでこようか。そう尋ねる魔王へ、魔王妃はくすくす笑いながら収納へ手を突っ込んだ。
「ほら」
取り出した手に、うさぎのクリームパンが4つ。シトリー、レライエ、ルーシア、イポスに1つずつ渡した。折角守ったパンを全部与えるのか? 首をかしげたルシファーの元へ、息を切らした店主が駆け寄る。
「これを! ぜひ、召し上がってください」
礼を言って受け取った紙袋には、亀の形のアンパンと、うさぎのクリームパンが入っていた。
「あら……ルカの分は取っておいたけど、これなら私たちが食べる分もあるわね」
リリスの思いがけない言葉に、大公女達は顔を見合わせる。まさか守ったパンをすべて分け与えたと思わなかったのだ。自分の分を後回しにしたリリスは、理由を尋ねたルーシアにこう答えた。
「だって、明日もパン屋さんは営業するでしょう? 明日買えばいいわ」
「いけない! パンを預かったままだわ」
影に飲み込まれたルーサルカに手を振って見送ったリリスは、思い出したように手を叩く。
「「「預かった?」」」
周囲から飛んできた疑問へ、リリスは大きく頷いた。ルシファーにお願いして机を用意してもらい、イポスとレライエが手分けしてテントを張り始める。突如忙しくなった魔王周辺に、住民たちが興味津々で集まってきた。
「店のご主人を呼んで」
リリスの声に、慌ててシトリーが走った。イポスに助け起こされた後、小さな傷を癒した竜人の店主はおずおずと歩み寄る。叱られると思ったようで、小刻みに震えていた。
魔王と魔王妃が来訪するのに、脅されたとはいえ店内に敵を引き込んで待ち伏せを許してしまった。平身低頭謝ろうとする店主へ、ルシファーが優しく声をかける。
「気にするな、それより店を壊して悪かった。修理費は魔王城の予算から工面するゆえ、遠慮するでないぞ」
仕事口調で穏やかに言い聞かせ、街の住人を証人として正当な請求であると店主を納得させた。にこにこ微笑みながらルシファーを見守っていたリリスが、机の前に進むと両手を突き出す。
「見ててね」
後ろに立つルシファーを見上げて微笑んでから、リリスは収納に回収した中身を山と積んだ。転がり落ちそうな商品を、ルーシアがいくつか受け止める。顔を見合わせた少女達は、手分けして並べ直しを始めた。
柔らかなパンが潰れないよう、平らに机を埋めていく。バケツリレーのような手際の良さで、次々とパンが並んだ。
「パンは全部無事なの」
「……さすがリリスだ。オレは手が回らなかった」
苦笑いしてルシファーが己の手落ちを認める。店内の敵を排除し、店主を無事に助けるところまでしか考えなかったが、リリスは美味しいパンが勿体無いと回収した。朝早くから働く料理長イフリートを見て、パン屋さんの大変さを学んでいたリリスは店主の気持ちを大切にしたのだ。
お客さんの口に入ることを考えながら作ったパンが、あのような連中に踏みにじられて廃棄されるなんて許せなかった。店内にずっと魔力を放出していたのは、触れた商品を回収する一環だったらしい。
笑顔を絶やさないリリスの言葉に、住民の中から声が上がる。
「あの、そのパンは買えるんですよね! ひとつ欲しいです」
「明日の朝食に買って行こうか」
賑やかになったテント下で、ルシファーがリリスの額にキスを落とす。それから宣言した。
「このパンはすべてオレが買い上げる」
がっかりした様子の住民を眺めてから、ルシファーはぷっと吹き出して付け足した。
「迷惑をかけた住民へ、オレとリリスからの振る舞いだ。好きなパンを選んでくれ」
わっと周囲が湧いて、店主が驚きに目を瞬かせる。魔王がすべて買い上げたことも、多くの人々に振る舞ったことも、助けてもらったことも……小さい頃のリリスを思い出し、店主は目を潤ませた。
視察の目的であるお披露目を兼ねたパンの配布会は好評だった。足りないと言われ、竜人族の店主は慌てて店内に駆け込む。まだ火が落ちていない窯の中へ、午後に焼く予定だったタネを放り込んで焼き始めた。
香ばしいパンの匂いが漂うと、つられたように店内は満員となった。出てくるパンは次々と購入されていく。
「パンは完売になりそうだな」
リリスの好きなうさぎのクリームパンだけでも、頼んでこようか。そう尋ねる魔王へ、魔王妃はくすくす笑いながら収納へ手を突っ込んだ。
「ほら」
取り出した手に、うさぎのクリームパンが4つ。シトリー、レライエ、ルーシア、イポスに1つずつ渡した。折角守ったパンを全部与えるのか? 首をかしげたルシファーの元へ、息を切らした店主が駆け寄る。
「これを! ぜひ、召し上がってください」
礼を言って受け取った紙袋には、亀の形のアンパンと、うさぎのクリームパンが入っていた。
「あら……ルカの分は取っておいたけど、これなら私たちが食べる分もあるわね」
リリスの思いがけない言葉に、大公女達は顔を見合わせる。まさか守ったパンをすべて分け与えたと思わなかったのだ。自分の分を後回しにしたリリスは、理由を尋ねたルーシアにこう答えた。
「だって、明日もパン屋さんは営業するでしょう? 明日買えばいいわ」
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