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66章 ドラゴンの逆鱗

896. 勇者と古代竜の逆鱗

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「アベルって、本音がすぐ出ちゃうのね」

「「いまさらでしょ」」

「子供なんじゃないかな」

 ルーサルカが溜め息をつくと、シトリーとルーシアが笑う。レライエは呆れ顔で頷いたが、袋の中から翡翠竜が的確にアベルの性格を言い当てた。

 戦う意思を見せたアベルに唸って威嚇するドラゴンが、大きく息を吸い込んでブレスを放つ。周囲をすべて焼く攻撃ではなく、大公女4人とアベルを狙って範囲を絞ったブレスは、その分だけ威力を増していた。

 咄嗟に結界を強めようとしたルーシアに、アムドゥスキアスが叫んだ。

「1枚目が砕けるよ」

 言葉通り、一番外側の結界が砕ける。ぱりんと音を立てて砕けるが、それはルーシアが張ったものではなかった。

「やはり保険は大事だね」

 くすくす笑う翡翠竜は、普段とは違う笑みを浮かべた。古代竜がここにいると知らずとも、婚約者であり最愛の人であるレライエとその友人へ牙を剥いたことは事実だ。ただの竜が、この古代竜にケンカを売るなら、最悪の後悔をしてもらおうか。

「結界の維持を頼むね。私は彼を援護するから」

 アムドゥスキアスは彼女らに安全確保を要請し、2枚目の結界を消した。ルーシアが結界を展開する前に、すでに魔力感知で敵の存在に気付いた翡翠竜の魔力が拡散して、別の形をとって集う。

 居心地のいいバッグからもそもそ這い出したアムドゥスキアスは久しぶりに羽を広げ、己の魔力で空に浮かんだ。

「アベル、結界と援護はするから……叩きのめして。ライは絶対に結界から出ちゃダメ。私より前に出るのも禁止だ。いいね」

 言い聞かせるより、命令に近い。アムドゥスキアスがばさりと森色の羽を広げた。グラデーションが美しい羽の後ろに、淡い緑の膜が現れた。

「街を壊すなっ」

 高まるアムドゥスキアスの魔力に気付いたルシファーが叫ぶ。

「わかってます」

 きっちり返答してから、小型犬程の小さな竜はぶわりと膨らんだ。元の大きさに戻っても、目の前の竜より明らかに小さい。にも関わらず、気圧されたドラゴンが数歩下がった。

「久しぶりだから、手加減できないかも?」

 唸りながら魔力を編んでいく。背後の膜が脈打つように揺れ、翡翠竜が鮮やかな鱗を陽光に煌めかせながら尻尾を振る。

「準備はできたよ、勇者はもう行ける?」

「おう! きっちり躾けてやる」

 殺してはマズイと理解したアベルが、剣を横に構えて大きく息を吸い込んだ。吐いた息が切れる直前、アベルの身が消える。上や横へ飛んだのではなく、下に沈んだのだ。衝撃波を生む速さまで一気に加速し、剣を滑らせるように鱗へ這わせた。

 突き立てる必要はない。切れ味や刃こぼれの心配はしない。これは魔王ルシファーが、魔王チャレンジの表彰者に与えた技物だった。撫でるような動きで、鱗にヒビが入った。

「こ、この程度かっ!」

 再びブレスの準備を始めるドラゴンだが、反対側まで一気に駆け抜けたアベルは、剣を鞘に納めた。顔を見合わせる少女達の目の前で、はらりと紺の破片が落ちる。まるで舞う雪か花弁のように、鱗は半分以上落ちてドラゴンはがくりと膝を着いた。ただ柔らかく撫でた動きは、数えきれない程の攻撃によって組み立てれられ、ドラゴンの巨体を深く浅く傷つける。

「止めは私がもらうよ。何、心配しなくていい。殺すほど親切じゃないから」

 古代竜が不穏な言葉を吐き、鱗がないドラゴンの肌に緑の膜を貼りつけた。ぐぎゃあぁああ、地を揺るがす悲鳴をあげた紺色の竜は横倒しになる。そのまま口の中に蓄えたブレスを吐くこともなく、動けずに固まった。

「なんか知らねえけど、怖い魔法だな」

「そうでもないさ。私を怒らせなければ、彼は楽に死ねたんだけどね」

 死で楽になんてしない。殺すより残酷な方法を選んだと匂わせながら、見上げる高さの翡翠竜は口元を歪めた。
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