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66章 ドラゴンの逆鱗

895. 護衛の面目躍如

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 パン屋は同じ場所にあった。幼女の頃のリリスが不思議に思った表札代わりの記号が書かれた看板は、少し古びている。リリスが手招きしたため、大公女達が駆け寄ってきた。

「私が先に参ります」

 珍しくイポスが前に立つと宣言する。それも当然かと魔力感知で探った内部の様子に肩を竦め、許可を声に出した。

「わかった。任せる、が……くれぐれもケガをするなよ? ストラスに怒られるからな」

「承知しました。ですが彼に文句は言わせません」

 魔王妃の護衛は私の役目であり、仕事です。言い切ったイポスは、ひとつ深呼吸してドアを押した。中は一見して奇妙な状況はない。パンが置かれた棚や、カウンターの裏に不自然な魔力がなければ……平和な店内に見えた。

「いらっしゃいませ……」

 強張った笑みを浮かべる店主に、安心させるために微笑んだ。小さく頷き、敵がいる場所へ視線を向ける。その仕草で、敵の存在に気付いていると店主へ伝える。ほっとした表情で肩の力を抜いた店主に、ルシファーが結界をひとつ張った。

 イポスは自前の結界があるので、邪魔をしないよう遠慮する。魔法を戦闘能力とするベールやアスタロトなら問題ないが、ベルゼビュートのように身体に魔力を流す体術を得意とする種族もいた。イポスはその類であり、魅了眼を持つが主力は剣術だ。剣に流した魔力で結界を維持する彼女に、魔王の結界が干渉すれば戦いの最中に結界が砕ける心配があった。

 身体に沿わせぬ大きなドーム状の結界を張れば問題ないが、狭い店内では敵も結界内に取り込んでしまう。ルシファーはリリスと自分の上に結界を重ね掛けした後、後ろの少女達にも小さく合図を送った。

 気付いたルーシアが結界を張り、内側からシトリーが風の援護を乗せる。結界が砕ける強い攻撃が届いた場合、自動で攻撃を叩き切る風の刃を仕掛けた。彼女らの結界に一緒に守られる勇者アベルは、ルシファーから貰った魔剣に魔力を流し始める。

 全員の準備が整ったのを確認して、イポスに続いてルシファーも店内に足を踏み入れた。

「かかったな! 死ね、魔王ルシファー!!」

「ライン様の仇!」

 空中から取り出した剣で、左の棚を吹き飛ばした男の攻撃をルシファーが弾く。同時に右側前方から突きを放つ男のレイピアを、下から跳ね上げたイポスの剣が砕いた。女性には珍しい力を主力とした戦い方を好むイポスの剣技は、続いて突き出された男の竜爪を容易に押さえ込む。

 爪の曲線を利用して力を逃し、剣自体の重さを利用して床に叩きつけた。その首筋に剣先を押し当て、まだ足掻こうとする男に口元を緩める。ふっと短い息を吐いて呼吸を整えたイポスは、無造作に剣先を肩に突き立てた。背から胸に抜けるほど刺した剣をそのまま放置し、収納から新たな剣を引き出す。

 カウンターの裏に潜む敵への警戒だった。店主を襲っても魔王の結界が守る。そのため遠慮なく攻撃が可能だ。イポスの後ろで、剣戟の激しい音がするものの、振り返ることはなかった。

 魔族最強の剣技を誇るベルゼビュートと対等以上に戦う魔王を、心配する必要があるだろうか。信頼できる大公女達も4人揃っている。4つの属性を操る彼女達の連携の強さを知るから、イポスは背後の心配を切り捨てた。

 背を向けたイポスのポニーテールにした金髪が揺れる。リリスの魔力が店内に満ちていく。ルシファーが剣で受け止めた攻撃の直後、男は一瞬で店外に放り出された。転移の応用だ。

 触れた剣の表面から、敵に対して魔法陣を放ったのだ。転がるように着地した男に、浮かれた様子のアベルが剣を抜いた。

「これは僕が貰っていい獲物ってことで、さあ戦おうか」

「人族風情が!」

 吐き捨てた竜が、ぶわっと巨体を露わにする。人化を解いた紺色の竜を見上げ、アベルが嬉しそうに笑った。

「ドラゴン退治は異世界転生の醍醐味でしょ!」

 周囲には理解できない言葉を吐くと、周囲が竜種ばかりなのを思い出し、慌てて言い直した。

「魔王陛下に逆らう敵は、僕が倒す!」
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