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64章 己の立場を自覚すること
881. お菓子は幸せの味
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護衛のイポスと並んで、ストラスも護衛の任に加わった。ひょろりと背の高い頼りなさそうな美丈夫だが、100年ほど前に魔王チャレンジで評価を受けた剣技の持ち主である。だが彼の本領発揮は剣技ではなく、魔力が少ないゆえに編み出した数々の魔法陣だった。
魔法陣は光輝いて見えるのが通常だが、光の反射角度を調整することにより透明に近い状態を維持する方法を編み出した。何の役に立つかと問われると、微妙だが……ストラスのように魔力量が少ない者は、魔法陣を相手に悟られず描ける利点がある。ルシファーのように魔法陣を大量にストックする者に効果はなかった。
ヤンは耳をぴんと立てて緊張した面持ちだが、これは生真面目な性格のせいだ。注意しても無理に耳を垂らそうと努力するだけなので、ルシファーは言及しなかった。昨夜の騒動があったせいで、護衛が増えてしまったが断わると面倒だ。一緒に街を散策する仲間が増えたと割り切ることにした。
「ルーサルカ、あの店の菓子を買ってきてくれ」
風変わりだが美しい花の菓子を指さし、金貨を数枚手渡す。菓子を買うには多すぎる金額に、ルーサルカは事情を察して頷いた。項垂れていたふわふわの狐尻尾がゆらりと左右に揺れる。気分が上がってきたらしい。魔獣や獣人の尻尾や耳は感情を素直に表しやすいため、外から見てわかりやすかった。
「買ってきました」
大量に買えるだけ買い占めた彼女に微笑み、周囲を取り囲む子供達を手招きした。大公女やリリスの手に持てるだけ菓子を渡し、子供達に配るよう頼む。高額で美しい練り菓子に目を輝かせる子供達に礼を言われるうち、徐々に彼女らの強張った笑顔が綻んだ。
作戦は成功だったらしい。緊張が解けた彼女らは笑顔を振りまく。集まった子供を抱き上げたり撫でる姿は、華やかさがあった。
ゆったり進む魔王一行だが、リリスが突然腕を引っ張った。
「ねえ、あのお店でお買い物していい?」
強請る視線の先は、栗菓子を作る親子連れだった。露店のような作りの簡素な店舗から、甘い香りが漂う。ルシファー達が近づくと、慌てた母親が子供を前に突き出した。
「あの、光栄です。魔王様」
「緊張しなくていいぞ。栗なら日持ちするだろう。土産にもちょうどいい」
転送する予定なので、日持ちはあまり関係ないのでは? そう心の中で呟く大公女は顔を見合わせるが、賢くも余計な発言はしなかった。代わりに菓子を選ぶリリスと一緒に、あれこれと買い揃えていく。大量に買い込んだルシファーが半分ほどを魔法陣で転送した。
魔王城で仕事をするベールやアスタロト宛だ。彼らは甘い菓子より自然の風味を好む。お茶菓子として出すようアデーレにメモも添えた。
半分は持ち帰ったり配る予定だ。近くにいた魔獣や獣人系の種族を中心に分けた。彼らは舌や鼻が敏感なため、栗は好ましいと考えたのだ。
「護衛中ですから」
「これも仕事のうちだ」
「えい!」
ヤンが必死に遠慮する中、仕事だと言い含めたルシファーが口に突きつけた。鼻の穴をハンカチで塞いだリリスのせいで、口を開けたところに栗菓子が放り込まれる。大型犬サイズではあるが、正体がバレているフェンリルは諦めて菓子を堪能した。
なんでもよく食べるヤンが、実はかなりの甘党と知るルシファーとリリスが顔を見合わせて笑う。不本意そうな顔をして食べるが、溢れた菓子もしっかり回収する姿は、食いしん坊以外の何物でもなかった。
口の周りに残った栗の粒も舐めとったヤンの尻尾が、大きく揺れる。
「美味しかっただろ。土産に買ったから、あとで宿でやろう」
くすくす笑うルシファーが耳の間を撫でて、また歩き出す。視察に出た魔王と魔王妃は笑顔で腕を組み、後ろを賑やかす大公女や護衛も穏やかな雰囲気をみせたことで、人々はようやく胸を撫で下ろした。
昨夜の騒動は、大したことでなかった。魔王も魔王妃もご機嫌で街を散策している。噂はあっという間に温泉街に広まった。
魔法陣は光輝いて見えるのが通常だが、光の反射角度を調整することにより透明に近い状態を維持する方法を編み出した。何の役に立つかと問われると、微妙だが……ストラスのように魔力量が少ない者は、魔法陣を相手に悟られず描ける利点がある。ルシファーのように魔法陣を大量にストックする者に効果はなかった。
ヤンは耳をぴんと立てて緊張した面持ちだが、これは生真面目な性格のせいだ。注意しても無理に耳を垂らそうと努力するだけなので、ルシファーは言及しなかった。昨夜の騒動があったせいで、護衛が増えてしまったが断わると面倒だ。一緒に街を散策する仲間が増えたと割り切ることにした。
「ルーサルカ、あの店の菓子を買ってきてくれ」
風変わりだが美しい花の菓子を指さし、金貨を数枚手渡す。菓子を買うには多すぎる金額に、ルーサルカは事情を察して頷いた。項垂れていたふわふわの狐尻尾がゆらりと左右に揺れる。気分が上がってきたらしい。魔獣や獣人の尻尾や耳は感情を素直に表しやすいため、外から見てわかりやすかった。
「買ってきました」
大量に買えるだけ買い占めた彼女に微笑み、周囲を取り囲む子供達を手招きした。大公女やリリスの手に持てるだけ菓子を渡し、子供達に配るよう頼む。高額で美しい練り菓子に目を輝かせる子供達に礼を言われるうち、徐々に彼女らの強張った笑顔が綻んだ。
作戦は成功だったらしい。緊張が解けた彼女らは笑顔を振りまく。集まった子供を抱き上げたり撫でる姿は、華やかさがあった。
ゆったり進む魔王一行だが、リリスが突然腕を引っ張った。
「ねえ、あのお店でお買い物していい?」
強請る視線の先は、栗菓子を作る親子連れだった。露店のような作りの簡素な店舗から、甘い香りが漂う。ルシファー達が近づくと、慌てた母親が子供を前に突き出した。
「あの、光栄です。魔王様」
「緊張しなくていいぞ。栗なら日持ちするだろう。土産にもちょうどいい」
転送する予定なので、日持ちはあまり関係ないのでは? そう心の中で呟く大公女は顔を見合わせるが、賢くも余計な発言はしなかった。代わりに菓子を選ぶリリスと一緒に、あれこれと買い揃えていく。大量に買い込んだルシファーが半分ほどを魔法陣で転送した。
魔王城で仕事をするベールやアスタロト宛だ。彼らは甘い菓子より自然の風味を好む。お茶菓子として出すようアデーレにメモも添えた。
半分は持ち帰ったり配る予定だ。近くにいた魔獣や獣人系の種族を中心に分けた。彼らは舌や鼻が敏感なため、栗は好ましいと考えたのだ。
「護衛中ですから」
「これも仕事のうちだ」
「えい!」
ヤンが必死に遠慮する中、仕事だと言い含めたルシファーが口に突きつけた。鼻の穴をハンカチで塞いだリリスのせいで、口を開けたところに栗菓子が放り込まれる。大型犬サイズではあるが、正体がバレているフェンリルは諦めて菓子を堪能した。
なんでもよく食べるヤンが、実はかなりの甘党と知るルシファーとリリスが顔を見合わせて笑う。不本意そうな顔をして食べるが、溢れた菓子もしっかり回収する姿は、食いしん坊以外の何物でもなかった。
口の周りに残った栗の粒も舐めとったヤンの尻尾が、大きく揺れる。
「美味しかっただろ。土産に買ったから、あとで宿でやろう」
くすくす笑うルシファーが耳の間を撫でて、また歩き出す。視察に出た魔王と魔王妃は笑顔で腕を組み、後ろを賑やかす大公女や護衛も穏やかな雰囲気をみせたことで、人々はようやく胸を撫で下ろした。
昨夜の騒動は、大したことでなかった。魔王も魔王妃もご機嫌で街を散策している。噂はあっという間に温泉街に広まった。
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