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64章 己の立場を自覚すること

880. 落ち込む理由はそれぞれに

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 昨夜は屋敷で宴会の準備や裏方の仕事を手伝ったシトリーは、同僚達の落ち込んだ様子に眉をひそめた。腰に手を当てて彼女らの回復を待ったが、自己嫌悪の真っ最中らしい。

「ねえ、いつまで落ち込んでるの? 早く着替えないと、置いていかれてしまうわよ」

 魔王妃の側近であることを示すサッシュは、公式のドレス用だ。そのため今回のお披露目用にワンピースと髪飾りが与えられた。

 淡いグレーにピンクの裾模様が入ったワンピースに、ピンクの宝石とパールが飾られた銀の髪飾りだ。リリスが何色を着ても被らないよう、魔王妃はグレー系の服を纏わない。黒髪が同化して暗くなり、映えないという理由もあった。

 彼女が使わない色なら、大公女達が使うのにぴったりだ。幸いにしてルーシアは青、ルーサルカは茶、レライエはオレンジ、シトリーは銀髪だった。シトリーは肌が褐色なので、淡いグレーやアイボリーはよく似合う。

 着替え終えた同僚を見つめ、シトリーは溜め息をついた。この沈んだ表情のメンバーを連れていたら、いくらリリスやルシファーが笑顔でも人々は不安を掻き立てられるだろう。

「あなた達、いつまで落ち込んでるの?」

「シトリーは当事者じゃないからわからないのよ」

 溜め息まじりに失態を嘆くルーサルカに、シトリーは兄とそっくりの凛々しい顔に笑顔を浮かべた。

「ええ、そうよ。私はここで裏方の手伝いをしていて、リリス様の近くにいなかった。だから当事者じゃない、って? 一緒にいないときに主君が傷つけられて泣いた事実を、後から聞かされた私の気持ちはどうなるの」

 ぎくりと肩を揺らしたルーサルカが謝ろうとするより早く、シトリーは作った笑顔でそのまま続けた。

「あなた達は近くにいて力になれなかったけど、私は近くにすらいなかった。どれだけ悔やんだかわかる? 罰してもらえただけ、良かったじゃない。私は罰してももらえなかったわ」

 罰を与えられれば、許される機会がある。許される余地が残されていた。なのに現場にいなかったという失態を、誰も咎めない。恋人と一緒にいた時間は確かに楽しかったけれど、その分だけ今は重石だった。

 仕事に生きると決めた過去が、己を責めても罰も許しも得られない。言い切ったシトリーは、笑顔を消して3人の同僚を冷たい目で見つめた。

「後悔してるなら、せめて足は引っ張らないでちょうだい。無理ならここに残ればいいわ」

 昨日の私みたいに。言わなかった言葉が、ぐさりと胸に刺さる。謝るチャンスを逃したルーサルカへ、シトリーは手を伸ばした。咄嗟に握ったルーサルカへ「悪気がなかったって、知ってるわ」と呟く。

「ごめんなさい、傷つける言葉だったわ」

 謝らせてくれる友人の優しさに甘え、ルーサルカはゆったり流した濃茶の髪に乗せた髪飾りを指先で直す。ルーシアもひとつ大きく息を吐いて気持ちを切り替えた。ぱちんと自分の頬を軽く叩いたレライエは、包帯が巻かれた婚約者をバッグに放り込んだ。

「行きましょう!」

 大公女達が覚悟を決めたのを見計らったように、ノックの音が響く。ドアを開けば、ルシファーと手を繋いだリリスが立っていた。

「準備できた? もう出かけるみたい」

 お店が開く時間に合わせ、昨日回れなかった街道沿いを散策するのだ。全員が笑顔で、昨夜のトラブルは何でもないと表情や態度で示しながら……それが彼と彼女らに与えられた罰だった。

「あ、魔王陛下。カーテンも買いたいのでどこかで見つけていただけます?」

 アンナの遠慮のない一言に顔を見合わせ、全員がくしゃりと表情を崩して笑う。

「ああ、無理やり連れてきてしまった詫びだ。よいカーテンがあれば買ってやろう。皆も積極的に買い物をして金を使ってくれ。これは視察の際の振る舞いだ」

 慣習であると前置いて、少女達を連れて歩き出す。心配したのか、それぞれの婚約者や恋人が隣についた。屋敷の前庭に魔法陣を作り、全員が乗ったのを確認して転移する。街についた一行は、賑やかに街を歩き出した。
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