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63章 温泉から始まる視察旅行

873. 私も父上の子ですよ?

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 腕を組んで歩きたいなどの希望はないが、ピヨがひたすら邪魔だった。護衛なのに忘れられたヤンが遠吠えすると、ピヨが混乱して走り回る。店で買ったばかりの袋に突進し、商品を破損した雛を多少痛い目に合わせたいと思っても、私が悪いわけではないでしょう?

「ヤン、陛下の護衛があるので帰ってはいかがですか?」

 にっこり笑ってヤンの転移魔法陣を作る。そこに少し細工をした。行き先をルシファーの魔力付近に設定し、触れた物を一緒に転送するよう変更する。安全装置として対象者以外が転送されないための魔法文字を、書き換えて設置した。

 ぶわっと光った瞬間、予定通りピヨが飛びつく。多少予想外だったのは、アラエルも一緒に転送されたことだ。彼がピヨを追いかけないと思ったのではなく、間に合うと思わなかった。しかし転送されたものは仕方ない。大して悪いと思わず、アスタロトは修復魔法陣で髪飾りを直した。

「さすがです! お義父様」

 思惑や裏の事情を理解せず褒める義娘に頬を緩め、アスタロトは周囲の女性達を虜にする。吸血種は美形が多いため、他種族に人気があった。大公であり吸血鬼王であるアスタロトは、既婚であっても人気が高い。

「ルカが気に入った髪飾りですからね。今夜はそれをつけてくれると嬉しいです」

「もちろんです! オレンジのAラインのドレスに似合いそう」

 以前アスタロトが贈ったドレスを口にして、さらに嬉しがらせたルーサルカは……無自覚だった。罪深いことこの上ない。アスタロトを浮かれさせながら、狐尻尾の少女は後ろで青ざめる同僚やアベル達に首をかしげた。

「どうしたの?」

「「なんでもない(わ)」」

 ルーシアとレライエが期せずしてハモった。アベルは吐き気がするのか、口元を押さえたまま何も言えない。ストラスはイポスに買い与えた小さな耳飾りを付けてあげていた。イザヤとアンナも腕を組み、今夜のドレスに似合いそうなアクセサリーを購入している。

「そうだ! ルカと呼んでも?」

「ええ、お義兄様」

 家族との距離感がようやく掴めてきたルーサルカは、おずおずしていた過去が嘘のように打ち解けている。兄と呼ばれたストラスの表情が和らいだが、すぐに引きつった。実の父から向けられる冷たい空気と眼差しに、ぼそっと呟く。

「父上、私も父上の子ですよ?」

 何に嫉妬したのですか。音域を変えてルーサルカ達に聞こえないよう気遣うストラスへ、アスタロトは何も答えずに無視した。それが答えなのだろう。自分だけを頼って欲しいのだ。もしアデーレがいたら、呆れながらアスタロトを窘めただろう。そんなことをしたら嫌われるわよ? と。

「ピヨ達、大丈夫でしょうか」

「陛下のところですから、危険はありません」

 転送対象3匹は2人きりの入浴シーンに乱入した。魔王妃リリスの裸体を見られそうになったルシファーにより、危ういレベルまで機嫌を損ねたことなど、アスタロトが知るはずもない。貴重な鳳凰とフェンリルが串刺しや細切れになる危険性は誰も知ることなく、当事者の胸にそっとしまわれた。

「もう着替えるわ」

「そうだな……」

 ぎろりと視線を向けられ、ヤンは両手の肉球で目を覆う。アラエルは片方の羽でピヨの顔を隠し、自らの顔も残った羽で覆った。彼らの迅速な対応に「ご苦労」と声をかけ、さっさとリリスにバスローブを羽織らせる。

「着替えはオレが手伝ってやろう」

 機嫌の直ったルシファーはリリスを横抱きにして、露天風呂を出ていく。残された鳳凰と狼は顔を見合わせ、大きな溜め息をついた。空気を読まないピヨだけが幸せそうに再び泳ぎ始める。

「番絡みは、我が君といえど……」

 理性を失うものらしい。語尾を濁したフェンリルに、アラエルは何も言えずに頷いた。
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