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63章 温泉から始まる視察旅行

870. 不用意な噴火を戒める条例違反

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 囮となって空を飛んで逃げたアラエルは、必死に飛び回り番から追っ手を引き離した。しかし彼自身はドラゴンとユニコーンの挟み撃ちにあい、あえなく確保される。それでもアラエルは幸せだった。逃げる際に、ピヨが「気を付けてね」と声援を送ってくれたからだ。

 余韻にうっとりしながら連れ戻された火口近くで、まだ泳いでいるピヨを発見するまで、本当に幸せだったのだ。まさか見送ったピヨが、そのまま遊んでいると思わなかった。俺の苦労はなんだったんだ! 叫んだアラエルだが、抵抗を削ぐためにくちばしを縛られて声にならない。

「あ、アルが帰ってきたぁ!!」

 大喜びで青い鸞は灼熱の海から飛び出し、駆け寄った。その姿は非常に愛らしく、番にめろめろのアラエルは滂沱ぼうだの涙で受け止める。逃げられないよう、魔王軍により翼も拘束されていたが……。逞しい胸に飛び込んだ雛は、その場で確保された。

 魔力を封じる鎖付きの首輪で一時拘束されたピヨに、アラエルは涙が止まらない。可愛いけど、可哀そうだ。彼女を犯罪者にしてしまった。後悔と愛情が入り混じって、嗚咽が漏れる。アラエルを捕らえる縄を握るドラゴンに、気の毒そうな眼差しを向けられた。

 ピヨを確保しようとした魔王軍の精鋭だが、今日の当番に鳳凰がいない。そのため火口で泳ぐピヨを確保できる種族がおらず、ある意味一番安全な場所で彼女は遊んでいた。叫んでも無視された魔王軍は、番を見せたら諦めて投降するだろうとアラエルを捕獲して連れてきたが、ピヨに悪気はなかった。

 駆け寄ったものの、ピヨは首輪をつけられてもきょとんとした顔で首をかしげるだけ。それどころか遊び疲れてうとうとし始めた。抱きしめたいので解いてくださいと必死で伝えるアラエルに、同情した魔王軍のドラゴンが縄を解いてくれた。代わりにピヨと同じ首輪がつけられる。

 火口利用制限に関する法に違反した犯人であり、不用意な噴火を戒める条例違反でもある。魔王と魔王妃のお披露目があるので、デカラビア子爵家がピリピリしていたのも悪かった。捕獲された鳳凰はすべて温泉街へ連行される。

「ピヨだわ!」

 アラエルの背に乗った青い幼鳥に気づいて、リリスが指さした。散策は噴火の影響で一時中断となり、残りは明日以降となった。噴火が続くようなら、このまま温泉街の視察は中止される可能性もある。

 デカラビア子爵は神龍形態で現れた。街の大通りの半分ほどの長さだが、赤い巨体は迫力があり見事だ。離着陸用の広場ではなく、魔王ルシファーがいる隣の大通りで彼は人の形を取った。

「じい様、危ないから!!」

 地上で叫んだのはグシオンである。大急ぎで屋敷から駆け込んだ孫の声に「まだまだ平気じゃ」と啖呵を切って、ふわりと通路に降りた。石畳に少しヒビが入ったが、それ以外の実害はない。

「久しぶりだな。デカラビア子爵」

「我らが魔王陛下に忠誠と敬愛を」

 膝をついて頭を下げる礼に頷き、立つように促す。ルシファーの気楽な様子に恐縮しながら身を起こした老人に、リリスがふわりと会釈した。

「はじめまして。リリスです」

 年長者は敬うようアデーレに教育されたリリスは、ごく自然に挨拶をした。その無邪気で穏やかな姿に「噂は当てになりませんな」と笑った老人が丁寧に挨拶を返す。

「これはご丁寧に痛み入りますぞ。魔王妃殿下、炎龍のデカラビアにございます」

 デカラビア子爵の言う「噂」が気になるものの、ルシファーはこの場で尋ねることはしなかった。民の目がある上、現在の懸念事項は火口の噴火なのだ。優先事項を間違えるわけにいかない。噴石は防いだが、これで噴火が収まってくれたらいいが。

「火口の様子はいかがであった?」

「ご安心くだされ、元凶はすべて捕らえました。一時的に鳳凰の魔力にてられただけにございますゆえ、揺れは数日で収まりましょう。大規模噴火の危険はございませぬ」

 確約に魔族たちはほっと胸を撫でおろした。温泉街特有の祭りを、魔王と魔王妃の視察に合わせて準備したのだ。今までの苦労もさることながら、温泉街は楽しかったとルシファー達に感じて欲しい。祭りの決行が告げられ、街の住民たちは大いに沸いた。
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