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63章 温泉から始まる視察旅行

869. やっぱり噴火しました

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「何か聞こえた?」

「いいや、気のせいだろう」

 哀れなアベルの悲鳴は、鳳凰に軽く受け流された。久しぶりの火口風呂に、ピヨはご機嫌だ。雛の頃に覚醒を促すため放り込まれて以来、ほとんど来れていない。鳳凰の一種であるらんは火口に住む種族である。そのため火口のマグマを浴びたり潜ったり浮いたりするのは日常の行動であり、危険はなかった。

 青い羽で熱い表面を叩くピヨは、飛び散る溶岩を体中に浴びて鼻歌を歌う。そんな番の嬉しそうな姿を、目を細めてたアラエルが見守った。

 ピヨがもう少し大きくなり、親離れの時期を迎えたら、かつて住んでいた隣の大陸の火口に引っ越そうか。将来に淡い夢と期待を抱きながら、アラエルは番の幸せそうな姿を見守った。ピヨはやっと大型犬程度、親離れまであと数百年である。鳳凰は寿命が2万年前後なので、わりとのんびりした種族だった。

 ふもとの温泉街に、鳳凰がつどうと噴火する――そんな言い伝えがある。その理由の一端を担うのが、ベールの存在だった。幻獣霊王であるベールが思い出したように溶岩浴に訪れ、僅か数時間から数日で軽い噴火を繰り返すのだ。当人に悪気はなく、古い角質やら毛を交換する作業の一環なのだが……。

 鳳凰が集う、その表現に含まれるのはベールだけではない。普段より鳳凰の数が増えると、活性化した火山が火を噴くのだ。そしてタイミング悪く、この火山には5羽の鳳凰が火口にいた。追加されたピヨとアラエルで計7羽、過密状態だ。

 鳳凰族とて何も考えていないわけではなく、生まれ変わりのタイミングを調整しあい交代で火口を利用している。噴火すると被害が大きい上、大公達にめちゃくちゃ叱られるオプション付きだった。数ヶ月単位で説教された経験を持つのは、長老格の鳳凰だ。ちなみに、この火口の定員は4羽だった。

 がたたっ、がたん。 

 噴火の予兆は軽い地震だ。がたがたと小刻みに揺れる振動は、温泉街の住人に眉をひそめさせた。魔王と魔王妃のお披露目期間なのに、噴火は困る。その程度の不快感だった。

 気配や変化に敏感な小型の種族は、地下に逃げ込んだり木の上で震えている。火口がある山を見上げたルシファーは、うーんと唸って腕を組んだ。

 火口付近の魔力量が多い。中で眠る古代竜の魔力も活性しているが、動き回る魔力は心当たりがあった。

「ピヨ、か」

 大はしゃぎで動き回る小さな魔力を個体識別したルシファーの呟きに、足元の護衛ヤンがぴくりと耳を動かした。街中散策の邪魔にならぬよう小型化したフェンリルは、養い子の青い姿を思い浮かべて頭を両手で覆った。

「我が君、ご迷惑を……」

「まだピヨが何かしたわけでもあるまい。気にするな」

 慰めたルシファーに続き、手を伸ばしたリリスがヤンの眉間あたりを優しく撫でた。

「そうよ、まだピヨは何もしてないわ」

 2人の実力者が「まだ」と連呼したことで、嫌な予感が高まったヤンは頭を抱えたまま蹲る。次の瞬間、がたがたがた……と長い横揺れが続いた。

「あ、まずいわ」

「ああ。これは……」

 頷き合った魔王が結界を張る。温泉街を守る大きな結界は、空を飛ぶ種族がぶつからないよう、僅かに色をつけて展開された。

 どぉおおおおん!!

 噴火した山を見ながら、温泉街の住民達は慣れた様子で耳を両手で塞いだ。大きな音は結界に多少緩和されるものの、衝撃波が叩きつけられる。魔王の結界がなければ、街の外側はなんらかの被害を受けただろう。

 がんっ! ごん!!

 激しい音がして、細かな石が降ってきた。それを見ながら、リリスが空を指差した。

「あれ、ドラゴン?」

 ひらひらと空を舞う赤い竜が巻き込まれて、慌てて離脱していく。

「噴火だ!」

「今度は何が原因だ」

 騒がしくなった街の中で、ルシファーがちらりと足元のヤンを見る。両手で目をがっちりと覆ったフェンリルは、ゴメン寝スタイルで動かなかった。

「ピヨとアラエルがこっちへ向かってるみたい」

 元凶の名を聞きたくないと、ヤンは耳まで塞いで丸まった。火口にいた鳳凰達は驚いて散り散りに飛んだらしく、それを追いかける魔王軍のドラゴンや幻獣が空を駆け回る。

 お披露目どころではない騒動に、到着したばかりのアスタロトは門の前で溜め息をついた。
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