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63章 温泉から始まる視察旅行

862. 夜の歓迎会まで散策を

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 夜はデカラビア子爵家のお持て成しを受ける予定なので、今から屋敷内で寛がれると邪魔だった。子爵家の邸宅ではなく、ルシファーの別宅で夜会を開くのだ。広くて適度に部屋数があり、あれこれと食器や家具が整っているので提案しておいた。

 デカラビア子爵家の息子グシオンは、大公女となったエリゴス子爵令嬢シトリーの恋人でもある。一緒に準備をするため、シトリーは屋敷に残ることを申し出た。近づいたルーシアが耳打ちする。

「ねえ、この際だから正式に婚約者になってもらったら?」

「そうね。それがいいわ」

 シトリーの耳に口を寄せたルーシアが、ぎょっとした顔で下を見る。着替えた2人のワンピースのスカート位置で、しゃがんだリリスが口を挟む。興味津々、いろいろなことに好奇心を刺激される危険なお年頃だった。

 そしてリリスが口を挟み、騒動が大きくなる事例が多発している。彼女が首を突っ込むのは、魔王ルシファーと同じで危険信号だった。

「リリス様、立ち聞きはお行儀が悪いですわ」

 呆れ顔で注意したのはルーサルカだ。口調は義母のアデーレ侍従長そっくりである。

「だから座って聞いたし、座って話したでしょう?」

 屁理屈のレベルはルシファーに近い。普段から間近で見たお手本を元に、叱られないよう立ち振る舞う器用さをリリスは身に着け始めていた。ルシファーを反面教師に、叱られる回数を減らすタイプだろう。

「姫は街で何を買います? 私はレライエと飴を探すのです」

 翡翠竜が尻尾を振りながら、婚約者レライエの腕の中から口を挟む。リリスの気を逸らす作戦らしい。飴と聞いて、リリスはすぐに移動して立ち上がった。以前はポシェットに入れていた瓶を収納空間から取り出し、からからと振って中身を増やす。

「アドキス、飴ならあるわよ?」

「その飴もいいですけど、私は温泉地で売ってる『特殊な飴』狙いなので」

 リリスが知らない話を振ることで、彼女の興味は完全に離れた。ほっとした様子の大公女達が、レライエにひらひらと手を振る。どうやら「助かったわ」の合図らしい。

 基本的にリリスに悪気はない。しかし魔族女性最高位である自覚はゼロで、警戒心や危機感が薄かった。もしリリスがグシオンへ「シトリーと婚約したらいいわ」と軽く告げたなら、デカラビア子爵家当主はそれを「魔王妃の命令」と捉えるだろう。リリス本人にその自覚はなかった。

 黙って様子見していたルシファーはくすくす笑い、リリスを手招いた。玄関先のホール部分で待つ魔王の元へ、外へ出かける護衛や側近が集まる。

「ほら、でかけるぞ」

 歩いて半日ほどの距離だが、転移魔法が使えるルシファーが魔法陣を描いた。護衛のヤンとイポスは前後にばらけて立つ。護衛は後ろに控える存在だが、転移した先で敵に遭遇する可能性を考慮して護衛対象を囲む形をとるのが通例だった。

 両側にアムドゥスキアスを抱っこしたレライエ、ルーサルカとルーシアが並ぶ。一瞬で景色が変化し、街外れの広場に出た。この場所は子爵家が公園を整備して、様々な花を咲かせている。温泉地は一年中温暖な気候が保たれるため、南国系の色鮮やかな植物が多かった。

 伸びてきた食虫花の蔓を手で弾き、ルシファーがぐるりと見まわす。以前に栽培を依頼したカカオ豆の木も植えられており、たわわに実っていた。赤い艶のある葉の中央に黄色い花が咲く植物や、毒々しいほど紫色の花弁を開く甘い香りの百合など……。魔王城周辺にない植物が育つ場所だ。

「折角だから花を見ていこう。綺麗に咲いている」

 ルシファーの提案に、リリスが大きく頷いた。
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