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62章 数十回目の魔王城襲撃騒動

857. 僕を見捨てるの?

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 予想通り、派手な水音を立てて庭が水浸しになった。ぱちんと弾けるように割れた膜の内側から、小さな何かが転がり出る。

 反射的に両腕を竜化して受け止めたルキフェルが、困惑顔で振り返った。

「どうしよう、ルシファー」

 近くにいるベールではなく、テラスの上にいるルシファーへ助けを求める。その異常さに眉をひそめ、ルシファーは後ろを振り返った。リリスの上に厳重に結界を3枚ほど追加して、絶対に動かないよう頼む。素直に頷いたリリスをヤンに託し、ルシファーはようやく飛び降りた。

 窓からの出入り禁止だが、さすがにベールやアスタロトも文句は言わない。

「ルシファーに似てる」

「困りましたね」

「確かに似ています」

 ルキフェルの困惑の呟きに、アスタロトとベールが追従する。そこへ現れたベルゼビュートが駆け寄って、ルキフェルの腕から奪った。

「あらやだ、可愛い! 出会った頃の陛下に似てるわ」

 大公全員から似ていると太鼓判を押された赤子を、ルシファーが覗き込んだ。言われてみれば似てる気もするが、昔の自分の姿をまじまじと見たことがないので判断できない。

「そんなに似てるか?」

「「ええ」」

「うん」

 即答で肯定されてしまい、溜め息をついて顔を近づけた。羊水で濡れた赤子は1歳前後に見える。意外と大きいのだ。赤子と表現するのは相応しくないかもしれない。

 髪色は黒に近い濃灰色、瞳はまだ開かないので判断できない。しかし肌の色は白かった。それなりに魔力量があるのは間違いない。空を落ちてきた卵の中身が無事だったのも、魔力量が高く結界などを自分で張った可能性があった。

 生存本能が発達しており、生きることに貪欲な魔族なら珍しくない。魔王城の上に落ちた理由は不明だが、ひとまず保護するのが人道面から正しい対応だろう。

「仕方ない、この子は」

「拾えません」

「やめてください。これ以上仕事を増やす気ですか」

「あたくしは無理よ」

 ベール、アスタロトの拒絶に困惑したルシファーの視線を受けたベルゼビュートが慌てて首を横にふった。彼女に任せようなんて、無謀なことは考えない。説得の手伝いを頼みたかっただけだが……。頼ろうと思ったオレが悪かった。そう諦め、ルシファーは自ら反論を試みる。

「この子に罪はない」

「いえ。魔王城襲撃犯ですから、十分重罪に問えます」

「……そうじゃなくて」

 生まれた命に罪はないという壮大な話が、腰を折られて犯罪者にされてしまった。溜め息をついたルシファーより早く、ルキフェルが手を挙げる。

「いいよ。僕が育てるから」

「ルキフェル! 子育ては魔物の飼育とは違います」

「……じゃあ、これが僕だったら? ベールは僕を見捨てるの?」

 一番の急所を突かれ、ベールが撃沈した。すごいと思うが、ルシファーには使えない手法だ。泣きそうな顔で「僕を見捨てるの?」と尋ねたら、アスタロトにサクッと刺される未来しか見えない。

 自分は直撃していないのにダメージを受ける魔王をよそに、ルキフェルは泣き落としで赤子を育てる権利を得た。

「ルシファー、受け止めて!」

「やめてください! 姫っ!!」

 リリスの無邪気なお願いと、ヤンの必死の懇願が聞こえて振り返る。手摺りに座った少女が手を振り、いきなり飛び降りた。転移で真下に移動して受け止めたが、無事だとわかっていても心臓が縮み上がる思いである。

 アデーレも大公女達も不在では、魔王妃のお転婆を止められなかったらしい。咄嗟に背の翼も広げたルシファーの背に腕を回し、リリスはご機嫌だった。

「危ないぞ、リリス」

「平気よ。ルシファーが私を守れないわけないもの」

 信頼を示され、溜め息をつきながら許したルシファーの後ろから、黒い影がかかった。

「魔王妃殿下、とても重要なお話があります」

「でも、あの子を見たいわ」

「後になさってください。よろしいですね、魔王妃殿下」

 リリスの肩書きを強調するアスタロトの黒い微笑みに、リリスはしょぼんと項垂れる。

「わかったわ」

 そこからのアスタロトの説教は強烈だった。騒ぎに駆けつける侍従や侍女が集まるまで、リリスは懇々と説教され、なぜか一緒にルシファーも叱られた。
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