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61章 側近少女の叙勲式
854. 婚約者と正装を持っていけ
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「というわけだ。正装は一揃え用意しないと困るぞ」
話を聞き終えたルーサルカが、慌てて質問する。
「それってドレスだけじゃなく、サンダルやお飾りも含めて……ですよね?」
「もちろんだ。化粧品も忘れるな。着替え用の魔法陣も作っておこう」
お飾りをつけた完璧な状態で、魔法陣に姿を転写する方法がある。髪や身長などが極端に変わらない限り、魔法陣に魔力を流せば指定した場所に保管した衣装に一瞬で着替えられるのだ。便利な魔法陣だが、当然ながら制約もあった。
着替えた時と対象が違ったり、髪を切ってしまったりすると対応できない。リリスのように赤子に戻る事例はないと思うが、髪が短くなったりケガをしたら魔法陣は動かなかった。そのため定期的に魔法陣を作り直す必要があり、手間がかかる。
普段使いするには不便だが、数日前に準備して当日の着替えを簡略化する程度の使い方は可能だ。提案されたルーサルカは礼を言うと、視察随行に必要な物を紙に書き出した。それを複写して、大公女達はそれぞれに準備へ散っていく。
「ルシファー、私のドレスは?」
「いくつ持っていく? 全部でもいいぞ」
クローゼット丸ごと持ち歩ける魔王の非常識な提案に、リリスは笑顔で言い放った。
「部屋に戻ってくればいいから、あんまり持たなくても平気そうね」
転移魔法という非常手段をちらつかせる魔王妃も、魔王に劣らぬ非常識さを発揮し、手元の菓子をルシファーの唇に押し当てる。互いに菓子を食べさせあう2人の前で、ヤンは両前足で目を覆って丸くなった。
「我は何も見ておらぬ」
ぶつぶつと呟くフェンリルの後ろで、イポスはさりげなく視線を逸らした。
「ああ、イポス嬢もドレスなどを持って行った方がいいな。サタナキア公の名があるため、大公女と一緒に参加を要請されるかもしれない」
「私も、ですか」
「ああ。心配なら婚約者に話して一緒に来てもらえばいい」
まだ婚約段階のため、変な貴族に横やりを入れられる可能性もある。魅了系の種族は、血筋として優良な結婚相手と見做される傾向が強かった。自らも魔物の魅了を操るイポスは、過去に言い寄られた記憶が過る。婚約者のストラスはアスタロト大公家の末っ子なので、彼を押しのける強者はいないだろう。
「お言葉に甘えます」
「そうだ。折角だから、それぞれに婚約者に付き添ってもらったらどうかしら?」
いいことを思いついたと手を叩くリリスに、ルシファーが少し考える。ルーシアの婚約者は風の精霊族のジンだった。レライエも翡翠竜が婚約者なので同行できる。シトリーは星降祭りで再会した神龍族のグシオンと恋仲で、婚約間近だった。問題はルーサルカだ。
彼女は以前に珊瑚の精霊らしきカルンに告白されたが、その後カルンは海に戻っている。寿命が長い魔族なら、彼を待つ選択肢もあるが……今の状況で婚約者がいないのは危険だった。アスタロトの養女であると牽制したとして、手を出されてしまったら殺される。
犯人はもちろん、同行したオレも絶対に殺されるじゃないか。ルシファーは過ぎった嫌な予感に身を震わせ、知恵を絞る。最近のルーサルカと仲が良かった異性に、婚約者役を頼めば丸く収まる気がした。問題は誰に頼むか。
ゲーデは城で時間を持て余しているが、子持ちだ。いや、寿命が長い魔族は何度も結婚するので連れ子もありだが、あの幼子が演技できるか。まず無理だろう。本気で母親になってくれると思い込んだら、引き離すのが可哀そうだった。
ついでに彼の保護役で後見人をアスタロトにやらせる案だったが、子供の感情を犠牲にするのはよくない。却下して悩む。そんなルシファーを見て、リリスは無邪気に言い放った。
「ルカの恋人役なら、アベルはどう?」
話を聞き終えたルーサルカが、慌てて質問する。
「それってドレスだけじゃなく、サンダルやお飾りも含めて……ですよね?」
「もちろんだ。化粧品も忘れるな。着替え用の魔法陣も作っておこう」
お飾りをつけた完璧な状態で、魔法陣に姿を転写する方法がある。髪や身長などが極端に変わらない限り、魔法陣に魔力を流せば指定した場所に保管した衣装に一瞬で着替えられるのだ。便利な魔法陣だが、当然ながら制約もあった。
着替えた時と対象が違ったり、髪を切ってしまったりすると対応できない。リリスのように赤子に戻る事例はないと思うが、髪が短くなったりケガをしたら魔法陣は動かなかった。そのため定期的に魔法陣を作り直す必要があり、手間がかかる。
普段使いするには不便だが、数日前に準備して当日の着替えを簡略化する程度の使い方は可能だ。提案されたルーサルカは礼を言うと、視察随行に必要な物を紙に書き出した。それを複写して、大公女達はそれぞれに準備へ散っていく。
「ルシファー、私のドレスは?」
「いくつ持っていく? 全部でもいいぞ」
クローゼット丸ごと持ち歩ける魔王の非常識な提案に、リリスは笑顔で言い放った。
「部屋に戻ってくればいいから、あんまり持たなくても平気そうね」
転移魔法という非常手段をちらつかせる魔王妃も、魔王に劣らぬ非常識さを発揮し、手元の菓子をルシファーの唇に押し当てる。互いに菓子を食べさせあう2人の前で、ヤンは両前足で目を覆って丸くなった。
「我は何も見ておらぬ」
ぶつぶつと呟くフェンリルの後ろで、イポスはさりげなく視線を逸らした。
「ああ、イポス嬢もドレスなどを持って行った方がいいな。サタナキア公の名があるため、大公女と一緒に参加を要請されるかもしれない」
「私も、ですか」
「ああ。心配なら婚約者に話して一緒に来てもらえばいい」
まだ婚約段階のため、変な貴族に横やりを入れられる可能性もある。魅了系の種族は、血筋として優良な結婚相手と見做される傾向が強かった。自らも魔物の魅了を操るイポスは、過去に言い寄られた記憶が過る。婚約者のストラスはアスタロト大公家の末っ子なので、彼を押しのける強者はいないだろう。
「お言葉に甘えます」
「そうだ。折角だから、それぞれに婚約者に付き添ってもらったらどうかしら?」
いいことを思いついたと手を叩くリリスに、ルシファーが少し考える。ルーシアの婚約者は風の精霊族のジンだった。レライエも翡翠竜が婚約者なので同行できる。シトリーは星降祭りで再会した神龍族のグシオンと恋仲で、婚約間近だった。問題はルーサルカだ。
彼女は以前に珊瑚の精霊らしきカルンに告白されたが、その後カルンは海に戻っている。寿命が長い魔族なら、彼を待つ選択肢もあるが……今の状況で婚約者がいないのは危険だった。アスタロトの養女であると牽制したとして、手を出されてしまったら殺される。
犯人はもちろん、同行したオレも絶対に殺されるじゃないか。ルシファーは過ぎった嫌な予感に身を震わせ、知恵を絞る。最近のルーサルカと仲が良かった異性に、婚約者役を頼めば丸く収まる気がした。問題は誰に頼むか。
ゲーデは城で時間を持て余しているが、子持ちだ。いや、寿命が長い魔族は何度も結婚するので連れ子もありだが、あの幼子が演技できるか。まず無理だろう。本気で母親になってくれると思い込んだら、引き離すのが可哀そうだった。
ついでに彼の保護役で後見人をアスタロトにやらせる案だったが、子供の感情を犠牲にするのはよくない。却下して悩む。そんなルシファーを見て、リリスは無邪気に言い放った。
「ルカの恋人役なら、アベルはどう?」
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