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60章 魔王妃殿下のお披露目

844. 割れんばかりの歓声

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 割れんばかりの歓声! 手を振る多くの魔族! 集まった民の喜びを浴びて、リリスの頬が緩んだ。薄化粧で目元を少し赤く染めた彼女は、ゆっくり瞬いた。不思議なことに景色がじわじわと滲んでいくのだ。自分が感動して泣いたことに気づかないリリスに、ルーシアが横からハンカチを渡した。

 受け取って初めて、自分が泣いている事実に驚く。そっとハンカチの縁で目じりを押さえ、小さく手を振ってみた。途端にわっと歓声が大きくなる。近くの子供を大柄な種族が抱き上げてやり、小さな種族用に作られた台に乗せていた。

 笑顔があふれる場に、リリスは嬉しすぎて隣のルシファーに抱き着く。感情が高ぶりすぎて、どうしたらいいのかわからないのだ。

「すごいな、オレの即位以来じゃないか?」

「ええ、魔王妃殿下の人気は高いですから」

 公的な口調で返すアスタロトの声に、リリスはテラスの手すりに身を乗り出す。それから大きく息を吸って、声を腹から絞り出した。

「ありがとう! みんなのこと、大好きよ」

 地響きを疑うほど大きな歓声が城に叩きつけられ、苦笑したルシファーが緩和の魔法陣を展開した。後ろでルキフェルが用意した遮音の魔法陣は使用されずに消える。思わず耳を押さえたルーサルカだが、目の前にさりげなく盾となった濃赤のローブに「ありがとう、お義父様」と声をかけた。

 蝙蝠の聴覚を持つ吸血種も、獣人同様に耳のよい種族に分類される。声が盛り上がったとき、前に立って盾になり結界を張ったのだろう。音は聞こえるものの、痛くなるほどの大音量が半分ほどに絞られていた。

 レライエは翡翠竜の耳を優しく両手で塞いでいる。竜の短い手足では、頭の上の耳に届かないのだ。甘えるようにドレスにしがみついたアムドゥスキアスは、尻尾の鱗が一部逆立っていた。よほど驚いたのだろう。

「我が妃となるリリスのお披露目を行う」

 ルシファーの声に大喜びの魔族は足を踏み鳴らしたり拍手したり、全身で喜びを伝えてきた。彼らの騒動を鎮めるベールが、淡々と注意事項を述べていく。

 魔王と魔王妃へのお触り禁止(ただし、彼らから手を伸ばした場合は応じてよい)、足元の小さな種族への配慮、一度拝謁したらすぐに下がる。順番を待つ魔族の数が多いため、挨拶程度の時間しか取れないのだ。

 魔王軍を統括する大公の声に、徐々に人々は興奮を納めていく。ベールの声はやばい鎮静効果があるのではないかと疑うルシファーをよそに、リリスは興奮に染めた頬を両手で覆っていた。これから移動し、一般開放された謁見の間で顔見せを行う。

 大公夫人として着飾ったアデーレも参列するが、今はリリスの化粧直し優先だ。大急ぎで化粧道具を収納から取り出し、ぱたぱたとリリスの頬を綿で叩く。頬に少しピンクの紅を乗せ、最後に目元も丁寧に直した。

「これでいいですね。泣くと崩れてしまいます」

「気を付けるわ」

 頷いたリリスは興奮冷めやらぬ様子で、ルシファーの腕に手を絡めた。仲良く歩いていく後ろに、側近たちもぞろぞろついていく。大公の中で配偶者がいるのはアスタロトのみ、そのためアデーレは遠慮して貴族側の席に座ると申し出ていた。

 謁見の間は普段と違う飾り付けが施される。玉座と正面の扉の間に真っ赤な絨毯が敷かれ、階段の下に公爵位をもつ貴族が並び始めた。玉座は2つに増やされ、ルシファーとリリスの着座待ちとなる。隣の控室はリリスにとって馴染んだ場所だった。

 幼い頃からルシファーに抱っこされて待った部屋で、崩れるようにソファへ座る。興奮からか、足元が少し覚束ない彼女の隣に腰掛けたルシファーが、黒髪を優しく撫でた。
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