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60章 魔王妃殿下のお披露目
840. お答えください、魔王陛下
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室内はしんと静まり返っていた。カーテンの隙間から零れた光に目を覚ましたリリスは、光に透ける白い髪を指先で弄る。そこでふと気づいて身じろいだ。
こんなに朝ゆっくりで間に合うのかしら? 着替えは時間がかかると聞いた気がするわ。リリスがもそもそと身を起こそうとする動きで、ルシファーも目が覚めた。
「ん、おはよ……リリス」
「おはよう。ルシファー、ねえ」
みんなが待ってるんじゃないかしら、尋ねようとしたリリスをルシファーが腕の中に抱き込んだ。直後にドアが勢いよく吹き飛ぶ。危機を察知してリリスを守ったルシファーだが、今の衝撃で防音の結界が吹き飛んだのを感じた。やばい、音を遮断してて寝過ごした……。
「陛下、今日が忙しいのは説明しておりましたよね? なぜまだベッドにおられるのですか、おや……姫に何をしておいでです? 答えてください。魔王陛下」
尋ね口調なのに、妙に脅迫的な声が聞こえてびくりと肩を揺らした。アスタロトが魔王ルシファーを表現するとき、3種類の呼び方が存在する。私的な「ルシファー様」や公的な「陛下」がその例だが、公式の場以外で「魔王陛下」と呼ばれたら注意が必要だった。大抵は怒らせた時なのだから。
愛するリリスを庇ったせいで、ベッドでいちゃつく悪い大人に見える。きょとんとしたリリスは、結界に阻まれた埃が収まるのを待って起き出した。どんなに焦っていても、寝着から見える肩をシーツで隠す作業は忘れないルシファーである。
「リリス様! 急がないと間に合いません。こちらへどうぞ」
駆け込んだアデーレに促され、リリスはシーツで巻かれた状態でベッドから下りた。そのまま引きずって隣室へ移動する。朝の入浴時間を省いて魔法で浄化し、すぐに髪や肌の手入れに入らなくてはならない。あっという間に連れ去られたリリスを見送るルシファーは、恐る恐る側近を見上げた。
「陛下、お答えいただけないのですか?」
後ろに何か……黒い何かが浮かびあがってるぞ。指摘したい言葉を飲み込み、ルシファーは素直に謝ることにした。
「悪かった。昨夜つい、リリスの寝顔を見始めたら眠りそびれて……その、気づいたらお前が飛び込んできていた」
「ほう?」
片方の眉を器用に持ち上げたアスタロトが、ベッドの上に正座したルシファーに笑みを向ける。しかしその表情は笑顔を作っているのに、凍りそうな冷気を感じさせた。逆らったらひどい目に合いそうだ。口を噤んで反省の姿勢を貫く。
「いっそ一晩中起きていればよかったのですよ。そうしたら寝坊もなかったでしょう。数年寝なくても死にはしません」
確かに無理がきく魔王の身体は便利だ。リリスが赤子の頃も数週間寝なかった時期があった。過去に十年ほど起き続けた経験もある。その後数十年寝続けたことを、ルシファーは指摘しなかった。今のアスタロトに口答えのは、かなり危険だ。
「ごめん」
徐々に言葉が昔に戻る。幼い頃と同じ謝り方に、アスタロトは溜め息をついた。反省できるのに、どうして似たような事件を引き起こすのか。主人の奔放さや自由すぎる考え方に振り回される、こちらの苦労も少し考えてもらいたいものです……文句を心の中に留めた。
これ以上揉めている場合ではない。リリスを着飾るのは時間がかかるが、ルシファーも似たり寄ったりなのだ。
「扉が……おや、また何かしたのですか」
呆れ顔のベールが顔を見せ、壊れたドアに溜め息をつく。後ろからついてきたルキフェルが、修復の魔法陣を発動させた。自動修復されるとドアが見る間に元通りになる。
「髪を結いますから、先に着替えをなさってください」
ベールに言われて、ぱちんと指を鳴らした。何千回も正装をしてきたため、専用の魔法陣を作ったルシファーは一瞬で黒いローブ姿になる。飾り気のない衣装に見えるが、艶のある黒い絹糸で隙間なく刺繍が施された生地は一級品だった。
今回はリリスに合わせて、金銀の刺繍も追加している。白い肌を引き立てる黒い絹の上に、純白の髪がさらりと落ちた。流れる髪に癖はなく、真っすぐにひざ下まで伸びている。
「結いましょう」
ここも魔法陣で行えれば便利なのだが、毎回ベールが担当する慣習だった。理由は多々あるが、公式行事の進行内容を確認する時間でもあること。癖のない髪に魔力を当てたら絡まって大惨事になった経験、髪留めが王冠のため魔法陣の適用で何かあると困る……など。
決定打になる理由はないが、小さな理由が犇めいて最終的に手先の器用なベールやアスタロトが担当してきたのだ。手早く慣れた指先で結う髪は半分ほどの量だ。ハーフアップとは違うが、長い髪とローブは上位貴族の特徴となっているため残すのが作法だった。
こんなに朝ゆっくりで間に合うのかしら? 着替えは時間がかかると聞いた気がするわ。リリスがもそもそと身を起こそうとする動きで、ルシファーも目が覚めた。
「ん、おはよ……リリス」
「おはよう。ルシファー、ねえ」
みんなが待ってるんじゃないかしら、尋ねようとしたリリスをルシファーが腕の中に抱き込んだ。直後にドアが勢いよく吹き飛ぶ。危機を察知してリリスを守ったルシファーだが、今の衝撃で防音の結界が吹き飛んだのを感じた。やばい、音を遮断してて寝過ごした……。
「陛下、今日が忙しいのは説明しておりましたよね? なぜまだベッドにおられるのですか、おや……姫に何をしておいでです? 答えてください。魔王陛下」
尋ね口調なのに、妙に脅迫的な声が聞こえてびくりと肩を揺らした。アスタロトが魔王ルシファーを表現するとき、3種類の呼び方が存在する。私的な「ルシファー様」や公的な「陛下」がその例だが、公式の場以外で「魔王陛下」と呼ばれたら注意が必要だった。大抵は怒らせた時なのだから。
愛するリリスを庇ったせいで、ベッドでいちゃつく悪い大人に見える。きょとんとしたリリスは、結界に阻まれた埃が収まるのを待って起き出した。どんなに焦っていても、寝着から見える肩をシーツで隠す作業は忘れないルシファーである。
「リリス様! 急がないと間に合いません。こちらへどうぞ」
駆け込んだアデーレに促され、リリスはシーツで巻かれた状態でベッドから下りた。そのまま引きずって隣室へ移動する。朝の入浴時間を省いて魔法で浄化し、すぐに髪や肌の手入れに入らなくてはならない。あっという間に連れ去られたリリスを見送るルシファーは、恐る恐る側近を見上げた。
「陛下、お答えいただけないのですか?」
後ろに何か……黒い何かが浮かびあがってるぞ。指摘したい言葉を飲み込み、ルシファーは素直に謝ることにした。
「悪かった。昨夜つい、リリスの寝顔を見始めたら眠りそびれて……その、気づいたらお前が飛び込んできていた」
「ほう?」
片方の眉を器用に持ち上げたアスタロトが、ベッドの上に正座したルシファーに笑みを向ける。しかしその表情は笑顔を作っているのに、凍りそうな冷気を感じさせた。逆らったらひどい目に合いそうだ。口を噤んで反省の姿勢を貫く。
「いっそ一晩中起きていればよかったのですよ。そうしたら寝坊もなかったでしょう。数年寝なくても死にはしません」
確かに無理がきく魔王の身体は便利だ。リリスが赤子の頃も数週間寝なかった時期があった。過去に十年ほど起き続けた経験もある。その後数十年寝続けたことを、ルシファーは指摘しなかった。今のアスタロトに口答えのは、かなり危険だ。
「ごめん」
徐々に言葉が昔に戻る。幼い頃と同じ謝り方に、アスタロトは溜め息をついた。反省できるのに、どうして似たような事件を引き起こすのか。主人の奔放さや自由すぎる考え方に振り回される、こちらの苦労も少し考えてもらいたいものです……文句を心の中に留めた。
これ以上揉めている場合ではない。リリスを着飾るのは時間がかかるが、ルシファーも似たり寄ったりなのだ。
「扉が……おや、また何かしたのですか」
呆れ顔のベールが顔を見せ、壊れたドアに溜め息をつく。後ろからついてきたルキフェルが、修復の魔法陣を発動させた。自動修復されるとドアが見る間に元通りになる。
「髪を結いますから、先に着替えをなさってください」
ベールに言われて、ぱちんと指を鳴らした。何千回も正装をしてきたため、専用の魔法陣を作ったルシファーは一瞬で黒いローブ姿になる。飾り気のない衣装に見えるが、艶のある黒い絹糸で隙間なく刺繍が施された生地は一級品だった。
今回はリリスに合わせて、金銀の刺繍も追加している。白い肌を引き立てる黒い絹の上に、純白の髪がさらりと落ちた。流れる髪に癖はなく、真っすぐにひざ下まで伸びている。
「結いましょう」
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決定打になる理由はないが、小さな理由が犇めいて最終的に手先の器用なベールやアスタロトが担当してきたのだ。手早く慣れた指先で結う髪は半分ほどの量だ。ハーフアップとは違うが、長い髪とローブは上位貴族の特徴となっているため残すのが作法だった。
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