上 下
816 / 1,397
58章 悪人成敗で咲く恋の花

811. 囚われの子狼を救え

しおりを挟む
 風を切って走る前方から、覚えのある匂いが微かに届く。人狼の残り香を付けた子供は、左側だった。

「左へ」

 最低限の声をかけ、ルーシアを抱いたまま壁を蹴って向きを変える。悲鳴を噛み殺して、ルーシアは取り出した複数の魔法陣を確認した。自分の足で走らなくて済む分、怖いけれど明らかに速い。

 数回の方向転換を経て、気づけば城下町の外へ出ていた。父親ゲーデの話では城下町内の宿に居るはずだが、やはり外へ連れ出されている。間違いなく父親が誘い出され、子供はさらわれたパターンだった。

「もう着く」

 騎士のイポスと早朝の訓練を始めたルーサルカは、体力も脚力も上がった。獣人のハーフであるため、恵まれた身体能力を誇る彼女は、その才能を目一杯伸ばす努力を続けた。

 役立つ日など来ない方がいいけれど、過去にリリス姫と一緒に転移魔法で誘拐された経験がある。あの時の悔しさと怒りを忘れず、同じ思いを誰にもさせないために戦う力を手に入れたのだから。人に必要とされ、人を守るために生きたいと願った。主君も友人も盾になって守れる強さが欲しいのだ。

「待ちなさい!」

 子狼は直接見えないが、馬車の集団に追いついた。人狼の残り香は、確かにこの馬車から漂ってくる。確証を得たルーサルカが頷いた。それを確かめて、ルーシアが前に立つ。魔法を使うルーシアの障壁が、斜め後ろのルーサルカを覆った。

「その馬車の積荷の確認を、アスタロト大公令嬢ルーサルカの名において要求します」

「魔王妃候補リリス姫の側近として、ロノウェ侯爵令嬢ルーシアの名において私も同じ要求を……っ! きゃああ!!」

 ルーシアが予想していた通り、無言での攻撃が襲い掛かった。暗闇でフードを被った相手の顔は見えないが、いきなり光が叩きつけられる。手にしていた魔法陣のひとつを発動して結界を張った。普段から多用する障壁が、ぱりんと乾いた音で弾ける。結界より弱い障壁では耐えきれなかった。

「た、助かったわ。ありがとう、シア」

「私もびっくりしたわ」

 苦笑いしながら「間に合ってよかった」と呟くルーシアは、手の中に残る次の魔法陣を発動させる。背後3メートルほど上空で光る魔法陣から氷の矢が飛び出した。結界で包まれた彼女らの頭上から、馬車の御者に向けて矢が複数放たれる。きらきらと月光を弾く矢は、御者の男と馬車を引く魔獣に当たった。

 見事なコントロールにより、馬車の荷台は無傷である。幌に隠れた荷台から、子狼の鼻を鳴らす声が聞こえた。続いて、硬い音が響いて子狼が「ぐぁう」と奇妙な声を漏らす。

 ルーサルカの外見上は獣耳が付いていない。しかし人と同じ位置にある耳は、獣並みの優れた聴力を誇った。聞こえたのは、縄か布のようなもので口を塞がれた子狼の助けを求める声と、武器か何かで殴りつけられた痛みの悲鳴。

「荷台よ、先に行くわ」

「気をつけて」

 左に飛んでルーサルカが一気に加速する。大地の魔法を得意とする彼女は、いつの間にか靴を脱いでいた。獣人族は素足の方が俊敏性が増す。その特性に加え、大地に素足を触れた状態で魔力を纏うと気配が薄くなるのだ。大地の魔法を得意とするものがよく使う手だった。

「すごいわね」

 目の前で消えたように感じたわ。ルーシアの感嘆の声を背に受け、ルーサルカは荷台の端から中を確認する。檻が2つ、片方は空で、もう片方に小さな狼が伏せる。隣に腰掛けた老人が、杖のような棒で子狼の首輪を上から押さえていた。

「……なんて酷い」

 幼い子狼にとって、人は怖い生き物ではなかっただろう。人狼である父親に連れられて、はしゃいでいた楽しそうな姿と、今の家畜のような扱いの差に目がじわりと熱くなる。涙を流すのは間違ってる。この子は同情されるほど、手遅れじゃないんだから。

 助けてみせる! 飛び込む覚悟を決めたルーサルカの首筋に、ひやりとする金属が触れた。びくりと肩が揺れる。

「動くなよ。狐の雌か……耳がないが、珍しがって高く売れるかもしれないな」

 値踏みされる屈辱と恐怖を堪え、ルーサルカは目を閉じた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、内容が異なります。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

処理中です...