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58章 悪人成敗で咲く恋の花
811. 囚われの子狼を救え
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風を切って走る前方から、覚えのある匂いが微かに届く。人狼の残り香を付けた子供は、左側だった。
「左へ」
最低限の声をかけ、ルーシアを抱いたまま壁を蹴って向きを変える。悲鳴を噛み殺して、ルーシアは取り出した複数の魔法陣を確認した。自分の足で走らなくて済む分、怖いけれど明らかに速い。
数回の方向転換を経て、気づけば城下町の外へ出ていた。父親ゲーデの話では城下町内の宿に居るはずだが、やはり外へ連れ出されている。間違いなく父親が誘い出され、子供は拐われたパターンだった。
「もう着く」
騎士のイポスと早朝の訓練を始めたルーサルカは、体力も脚力も上がった。獣人のハーフであるため、恵まれた身体能力を誇る彼女は、その才能を目一杯伸ばす努力を続けた。
役立つ日など来ない方がいいけれど、過去にリリス姫と一緒に転移魔法で誘拐された経験がある。あの時の悔しさと怒りを忘れず、同じ思いを誰にもさせないために戦う力を手に入れたのだから。人に必要とされ、人を守るために生きたいと願った。主君も友人も盾になって守れる強さが欲しいのだ。
「待ちなさい!」
子狼は直接見えないが、馬車の集団に追いついた。人狼の残り香は、確かにこの馬車から漂ってくる。確証を得たルーサルカが頷いた。それを確かめて、ルーシアが前に立つ。魔法を使うルーシアの障壁が、斜め後ろのルーサルカを覆った。
「その馬車の積荷の確認を、アスタロト大公令嬢ルーサルカの名において要求します」
「魔王妃候補リリス姫の側近として、ロノウェ侯爵令嬢ルーシアの名において私も同じ要求を……っ! きゃああ!!」
ルーシアが予想していた通り、無言での攻撃が襲い掛かった。暗闇でフードを被った相手の顔は見えないが、いきなり光が叩きつけられる。手にしていた魔法陣のひとつを発動して結界を張った。普段から多用する障壁が、ぱりんと乾いた音で弾ける。結界より弱い障壁では耐えきれなかった。
「た、助かったわ。ありがとう、シア」
「私もびっくりしたわ」
苦笑いしながら「間に合ってよかった」と呟くルーシアは、手の中に残る次の魔法陣を発動させる。背後3メートルほど上空で光る魔法陣から氷の矢が飛び出した。結界で包まれた彼女らの頭上から、馬車の御者に向けて矢が複数放たれる。きらきらと月光を弾く矢は、御者の男と馬車を引く魔獣に当たった。
見事なコントロールにより、馬車の荷台は無傷である。幌に隠れた荷台から、子狼の鼻を鳴らす声が聞こえた。続いて、硬い音が響いて子狼が「ぐぁう」と奇妙な声を漏らす。
ルーサルカの外見上は獣耳が付いていない。しかし人と同じ位置にある耳は、獣並みの優れた聴力を誇った。聞こえたのは、縄か布のようなもので口を塞がれた子狼の助けを求める声と、武器か何かで殴りつけられた痛みの悲鳴。
「荷台よ、先に行くわ」
「気をつけて」
左に飛んでルーサルカが一気に加速する。大地の魔法を得意とする彼女は、いつの間にか靴を脱いでいた。獣人族は素足の方が俊敏性が増す。その特性に加え、大地に素足を触れた状態で魔力を纏うと気配が薄くなるのだ。大地の魔法を得意とするものがよく使う手だった。
「すごいわね」
目の前で消えたように感じたわ。ルーシアの感嘆の声を背に受け、ルーサルカは荷台の端から中を確認する。檻が2つ、片方は空で、もう片方に小さな狼が伏せる。隣に腰掛けた老人が、杖のような棒で子狼の首輪を上から押さえていた。
「……なんて酷い」
幼い子狼にとって、人は怖い生き物ではなかっただろう。人狼である父親に連れられて、はしゃいでいた楽しそうな姿と、今の家畜のような扱いの差に目がじわりと熱くなる。涙を流すのは間違ってる。この子は同情されるほど、手遅れじゃないんだから。
助けてみせる! 飛び込む覚悟を決めたルーサルカの首筋に、ひやりとする金属が触れた。びくりと肩が揺れる。
「動くなよ。狐の雌か……耳がないが、珍しがって高く売れるかもしれないな」
値踏みされる屈辱と恐怖を堪え、ルーサルカは目を閉じた。
「左へ」
最低限の声をかけ、ルーシアを抱いたまま壁を蹴って向きを変える。悲鳴を噛み殺して、ルーシアは取り出した複数の魔法陣を確認した。自分の足で走らなくて済む分、怖いけれど明らかに速い。
数回の方向転換を経て、気づけば城下町の外へ出ていた。父親ゲーデの話では城下町内の宿に居るはずだが、やはり外へ連れ出されている。間違いなく父親が誘い出され、子供は拐われたパターンだった。
「もう着く」
騎士のイポスと早朝の訓練を始めたルーサルカは、体力も脚力も上がった。獣人のハーフであるため、恵まれた身体能力を誇る彼女は、その才能を目一杯伸ばす努力を続けた。
役立つ日など来ない方がいいけれど、過去にリリス姫と一緒に転移魔法で誘拐された経験がある。あの時の悔しさと怒りを忘れず、同じ思いを誰にもさせないために戦う力を手に入れたのだから。人に必要とされ、人を守るために生きたいと願った。主君も友人も盾になって守れる強さが欲しいのだ。
「待ちなさい!」
子狼は直接見えないが、馬車の集団に追いついた。人狼の残り香は、確かにこの馬車から漂ってくる。確証を得たルーサルカが頷いた。それを確かめて、ルーシアが前に立つ。魔法を使うルーシアの障壁が、斜め後ろのルーサルカを覆った。
「その馬車の積荷の確認を、アスタロト大公令嬢ルーサルカの名において要求します」
「魔王妃候補リリス姫の側近として、ロノウェ侯爵令嬢ルーシアの名において私も同じ要求を……っ! きゃああ!!」
ルーシアが予想していた通り、無言での攻撃が襲い掛かった。暗闇でフードを被った相手の顔は見えないが、いきなり光が叩きつけられる。手にしていた魔法陣のひとつを発動して結界を張った。普段から多用する障壁が、ぱりんと乾いた音で弾ける。結界より弱い障壁では耐えきれなかった。
「た、助かったわ。ありがとう、シア」
「私もびっくりしたわ」
苦笑いしながら「間に合ってよかった」と呟くルーシアは、手の中に残る次の魔法陣を発動させる。背後3メートルほど上空で光る魔法陣から氷の矢が飛び出した。結界で包まれた彼女らの頭上から、馬車の御者に向けて矢が複数放たれる。きらきらと月光を弾く矢は、御者の男と馬車を引く魔獣に当たった。
見事なコントロールにより、馬車の荷台は無傷である。幌に隠れた荷台から、子狼の鼻を鳴らす声が聞こえた。続いて、硬い音が響いて子狼が「ぐぁう」と奇妙な声を漏らす。
ルーサルカの外見上は獣耳が付いていない。しかし人と同じ位置にある耳は、獣並みの優れた聴力を誇った。聞こえたのは、縄か布のようなもので口を塞がれた子狼の助けを求める声と、武器か何かで殴りつけられた痛みの悲鳴。
「荷台よ、先に行くわ」
「気をつけて」
左に飛んでルーサルカが一気に加速する。大地の魔法を得意とする彼女は、いつの間にか靴を脱いでいた。獣人族は素足の方が俊敏性が増す。その特性に加え、大地に素足を触れた状態で魔力を纏うと気配が薄くなるのだ。大地の魔法を得意とするものがよく使う手だった。
「すごいわね」
目の前で消えたように感じたわ。ルーシアの感嘆の声を背に受け、ルーサルカは荷台の端から中を確認する。檻が2つ、片方は空で、もう片方に小さな狼が伏せる。隣に腰掛けた老人が、杖のような棒で子狼の首輪を上から押さえていた。
「……なんて酷い」
幼い子狼にとって、人は怖い生き物ではなかっただろう。人狼である父親に連れられて、はしゃいでいた楽しそうな姿と、今の家畜のような扱いの差に目がじわりと熱くなる。涙を流すのは間違ってる。この子は同情されるほど、手遅れじゃないんだから。
助けてみせる! 飛び込む覚悟を決めたルーサルカの首筋に、ひやりとする金属が触れた。びくりと肩が揺れる。
「動くなよ。狐の雌か……耳がないが、珍しがって高く売れるかもしれないな」
値踏みされる屈辱と恐怖を堪え、ルーサルカは目を閉じた。
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