上 下
808 / 1,397
57章 魔族はお祭り優先

803. アベル、お前もか!

しおりを挟む
 大急ぎでアベルが戻った先で、アンナを背に庇うイザヤの姿があった。数人の獣人達が彼女を口説こうと話しかける。本来は男性宅へ女性が出向くイベントだが、獣人系は恋愛に積極的らしく押しかけたようだ。

「なるほど、これの酷い状態で救われたんだ」

 兄であるイザヤが一緒のためか、獣人達に暴走は見られない。近くに咲く野の花を摘んで、足早に間に分け入った。

「これをブローチ代わりにして」

 説明を後回しに花をアンナの胸元へ飾った。ブラウスの胸ポケットに花が飾られると、獣人達は残念そうに帰っていく。まさに魔法のような効果だった。

「おかえり」

「ただいま、イザヤ先輩。そんな目で見ないでください。怖いっす」

「アベル、お前もか」

 横から現れて求婚者を追い払ってくれたのはいいが、今度はお前が敵かと睨むイザヤと挨拶してくれたアンナを敷地内へ戻した。後ろ手で敷地の門を閉める。

「説明しますから、中へ」

 元は獣人の住まいだった。一夫多妻制度をとる獣人にとって、第一夫人も第二夫人も同様に大切な存在だったのだろう。屋敷の元主人である獣人が作った母屋と離れの間は、美しい花の咲き乱れる庭園がある。魔王城の庭とは手入れ具合が違うが、自然のハーブや香草が多かった。

 庭のベンチまでくると、アベルは先に座る。

「悪いけど、足がもうがくがく」

 追いかけっこがハードだったので、足の付け根から足の裏まで、全てが痛かった。身を投げ出してベンチの端で「疲れた」とアピールするアベルの隣にイザヤが座り、続いてアンナが腰掛けた。白いブラウスの胸元には、ピンクの花が揺れる。

「じつはオレもさっきまで、魔族の女性に追い回されてたんですよ。未婚で恋人募集中の女性が、意中の男性を口説き落とすのが、星降祭りらしいっす」

「え? てっきり流星があるのかと……」

「花火をするんじゃないのか」

 アベルの説明に、アンナとイザヤが声を上げる。隠語の意味を知らなければ、そう解釈するのが当然だ。アベルだってそうだった。星降とは、天上に輝く星を持ち帰るのは難しいが、今夜だけ星が手元に降りてきてくれる――そう解釈するロマンチックなイベントなのだ。

 大まかな趣旨を改めて説明し、アベルはさっき渡した花を指さした。

「アンナちゃんが花をつけてないから、独身で恋人募集だと思われたんです」

 今後もあるので、慣習を含めた説明を簡単にすませ、アベルはほっと息をついた。

「私は花をつけていないから、門を出たら声をかけられたのね」

「すぐに用意する」

 敷地内には幸いにして、前の獣人が植えた花が咲き誇っている。生花をいくつか手折り、器用に茎を絡めてからイザヤが差し出す。受け取ったところで、今度は門でベルを鳴らす音がした。

「お客様?」

「あ、魔王様だ! さっき助けてもらって……そんへんの事情はあとで」

 ニヤニヤしながら門へ向かうアベルを見送り、イザヤとアンナは顔を見合わせる。未婚者のお相手探しならば、このお祭りへの参加は無理だろう。購入したばかりの家を振り返り、彼女らは手を取り合って、母屋へ戻った。

「はい」

「入れてもらえるかな?」

 戯けた口調で首を傾げる純白の魔王へ、アベルは一礼して離れを示した。まだ何も用意していないが、お茶ならすぐに用意できる。

「どうぞ」

 召喚されてすぐに拝謁のマナーだと言われて覚えさせられた作法は、配下が王に対する物だった。足を引いて挨拶したアベルの姿に、後ろの女性達の期待は高まる。婚活はどの世界でも盛り上がるのが常……離れに通された女性達は、彼が苦労して手に入れた一軒家を興味深そうにチェックした。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...