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56章 海という新たな世界

791. 千年に一度の……

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「我々が周囲を固めておりますゆえ、ご安心ください」

 逃したりしないぞ。笑顔で請け負う部下に、サタナキアは頭を抱えた。そうじゃない。この場では「お先に失礼します」が正しい答えなのに……トラウマになる前に部下を無事帰したい。将軍の目配せの意味を理解せず、部下達は手を振って笑顔だった。

「ベール大公閣下、我々はお先に……その」

「ああ、そうでした。もう帰っていただいて結構です。ルキフェル、城門まで飛ばしてあげてください」

「うん、世の中には知らない方が幸せなことって、たくさんあるよね」

 水色の髪の青年は、若い外見に似合わぬ台詞を吐いて、魔法陣で彼らを包んだ。部下が先に転送され、ほっと安心した顔で消えるサタナキアに、アスタロトが苦笑する。

「サタナキアはよい将軍のようですね。真面目すぎますが」

 ついでに言うなら心配性すぎる。あれこれ気を揉んで胃に穴を開けるタイプだろう。肩を竦めたアスタロトの言葉に、ベールはくすっと笑った。

「よい部下です。癖の強い魔王軍の上位者達を纏めてくれるので、非常に助かっています。確かに真面目すぎます」

 今までの部下の中で、一番真面目かも知れない。よそ見することなく、一生懸命に魔王に仕える姿は大公であるベールにとって、非常に好感の持てる存在だった。ゆえにまだ若かった頃の彼を、将軍へ抜擢したのだ。

「ところで、そろそろ分けようよ」

 ルキフェルが楽しそうに罪人達を指差した。獲物を振り返ると、すでにルキフェルが作った檻に分類されている。

「ベルゼビュートの分はどうする?」

 ルキフェルが思い出したように名を口にした。彼女に知らせずに分けると、後で苦情が来るだろう。分け前が減っても呼ぶべきか。無視して分ける方がいいか。

 真剣に迷う彼らは、檻の中で喚き散らす獲物を眺めながら、ひとつの結論を出した。

「言わなければ、バレないのではありませんか?」

 捕まえたのではなく、何らかの偶然で蘇ったのだから、分ける必要はない。それがアスタロトの主張だった。

「サタナキアと彼の部下に、戒厳令を敷く必要があります」

 問題点を洗い出しながら、賛成に回るベール。しかし、この時点でルキフェルは結末を予想して溜め息をついた。

「もう、バレたみたい」

 がっかりしたルキフェルが肩を落とす。目の前に転移するグラマラスな同僚の、鮮やかなピンクの巻毛を見ながら、3人の大公は獲物が減ったとぼやいた。




 城門前に飛ばされた魔王軍の若者は、すぐ近くにいたベルゼビュートに話しかけられ、先ほどまでの光景を話してしまった。口止めされていないし、任務の内容ではない付属の雑談である。慌てたサタナキアが止めた時、精霊女王の口元は笑みが浮かんでいた。

「そうなの、私の知らない場所で楽しそうだこと。前に殺した獲物まで復元したのね? それは是非、もう一度地獄を見せなくては。教えてくれてありがとう」

 言葉と裏腹に恐ろしい笑顔の美女は、右手に聖剣を呼び出して転移した。

「帰ったのか、サタナキア。今夜はイポスが話をしたいと言って……どうした? 顔色が悪いぞ」

 鳳凰のアラエルと雛のピヨを連れたルシファーが、青ざめたサタナキアに気付いて足を止める。首をかしげる魔王はラフな恰好をしていた。髪も結っていない。その流れる一房を掴んだリリスが、心配そうな顔で「疲れたのなら休んだ方がいいわ」と呟く。

 明らかにサタナキアの顔色は青かった。顔どころか唇や耳まで完全な血の気が引いている。止める間もなく見送ってしまったサタナキアは、必死でルシファーに訴えた。

「ベルゼビュート大公閣下が、ベール大公閣下達に斬りかかるかも知れません!!」

 途中経過を大幅に省いた結論のみの説明に、ルシファーは大きく頷いた。

「気にするな。その程度なら、千年に一度は起きる喧嘩だ」

 ぽかんとした顔を見合わせる魔王軍の魔族と将軍を置き去りに、魔王と魔王妃はにこにこと中庭へ向かう。

「上層部って、思ったより殺伐としてるんすね」

「千年単位の喧嘩なら、一大事じゃね?」

「長く生きるお方は違うな~」

 部下の声を聞きながら、限界を超えた真面目なサタナキアが崩れ落ちた。
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