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56章 海という新たな世界

789. この子どこの子? 

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 霊亀が転送されてくる前に、ある程度の瓦礫は移動しなければならない。亀の巨体で押しつぶされると、さらに復旧が大変だろう。

 魔法陣を点検してから設置した。他の魔族のように紙や足元に描いてから発動する必要はない。作った魔法陣を発動前の状態で、保管することが出来るのは魔族でも数えるほどだった。要は空中で自在に大きさを変更できる器用さと、作った魔法陣を記憶する頭があれば可能だ。

 一度見た本や記録を忘れない能力があるルキフェルにとって、魔法陣を丸暗記することは容易かった。魔法陣の仕組みや魔法文字を理解しており、いつでも組み直し可能なルシファーとも異なる能力だった。

 ルキフェルは他人が使った魔法陣を、そっくり覚えて模倣することが可能だ。おかげで保有する魔法陣の数は魔族最大だった。

「これでよし。再演算して……ここだけ違う文字に変更する」

 ぶつぶつ呟きながら、魔法文字をひとつだけ修正した。これで問題ない。この土地は地脈の真上というわけではないが、すぐ近くを掠めている。霊亀が吸い上げて利用した地脈を活用し、ルキフェルの組んだ魔法陣へ魔力を流した。

 発動した魔法陣が、瓦礫に作用する。元の建物が複雑な形状であり、中の家具まで修復することから完成までしばらく時間があった。ルキフェルは前回の訪問で、ベールの城を一通り見ている。その記憶と物がもつ記憶を頼りに組み立てる作業は順調だった。

「平気そうかな」

 出来上がっていく城を眺めながら、霊亀を捕らえに向かったベール達の動向が気になった。そろそろ連絡があるだろうか。もうこの場で出来ることもない。そう考えたルキフェルは、汽水湖の上に構築される城をちらりと確かめてから転移した。

 誰も居なくなった洞窟の中で、光る巨大な魔法陣と修復中の城が残される。順調なその作業に、外から魔力が干渉した。僅かな干渉はすぐに消え、ルキフェルはその異常に気づけないまま……。




 転移した先で、なぜか魔王軍の面々は疲れ切っていた。事情がよくわからぬまま首をかしげ、空中で翼を広げる。霊亀の背にベールを見つけて舞い降りれば、両手で受け止められた。そのまま抱き締める仕草は、ルシファーに似ている。ベールに指摘したら、全力で否定されるだろうけど。

 苦笑いしたルキフェルは、霊亀が目指す方角を睨み付けるアスタロトに首をかしげた。

「何かあったの?」

「以前は魔王城を目指した霊亀が、どこか違う場所を目指しています。それと……これ、別の亀ですね」

「ん? 違う亀?」

「ええ、個体が違います」

 亀の外見なんて全部同じに見えるため、ルキフェルとベールは不思議そうに足元の亀を眺めた。かつて魔王城へ向かった霊亀は汽水湖から海へ戻ったが、この亀は別の個体だとしたら……なぜ陸地を目指したのだろう。

「なんでだろう」

 違う個体なのに同じような行動をする。本能に陸地を目指す指示が刻まれているなら、もっと多くの亀が上陸したはずだ。疑問を覚えたルキフェルが、背の羽を広げて転移する。亀の顔をじっくり眺め、首をかしげながら戻った。

「ごめん、亀の顔を見てもわからないや」

「アスタロトが違うというなら、違うのは確実ですが」

 ベールも不思議そうに亀を眺めた。アスタロトはじっと行き先を眺めていたものの、肩を竦めて呟く。

「個体が別でも、行き先が違っても、転移する決定は覆りませんけれどね」

 このまま魔の森を壊しながら進ませるのは、被害が大きすぎた。幸いにして魔族がほとんど避難したり、移動しているため現在は被害がない。早く移動させ、壊された海から続く魔の森の荒地を直す必要があった。

「転移の魔法陣はこちらに」

 すでに用意したとアスタロトが広げて見せる。点検したルキフェルが、終点の座標を確認して手を添えた。魔力を一定量流したところで、アスタロトが発動させる。亀を包む大きさの魔法陣へ、ぐるりと亀を取り囲んだ魔王軍の若者も魔力を供給した。飽和した魔力により、霊亀の巨体が一瞬で消える。

 一緒に乗ったまま転移した彼らは、頭上に浮かぶ城を確認して、顔を引きつらせた。

「これは……どうして?」
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