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56章 海という新たな世界
787. 嫌な予感がする
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打ち寄せる波を見ていたルシファーが足元に魔法陣を描く。帰城する魔王に従い、護衛のフェンリルと少女が後ろについた。顔を見合わせた側近少女達も慌てて駆け寄る。
この時点で、自力で帰れる大公を除外した魔王の転移魔法陣が発動し、全員城門前に飛ぶ。リリスをそっと芝の上に下ろし、腕を絡めた。ご機嫌のリリスがなにやら歌を歌い始める。その旋律は、精神が幼くなった彼女が口遊んだものと同じだった。
「リリス、その歌はどこで覚えたんだ?」
「知らないわ。ただ、いつの間にか歌えるようになっていたの」
以前から不思議な言動が多い彼女なので、後ろの側近達は「そういうものなのね」と簡単に受け止めた。芝の間から小さな白い花が覗いている。踏まないように歩きながら、ルシファーは眉をひそめた。
「我が君、サタナキア公ですぞ」
示された通り、城門の上で大柄な男性が手を振っている。振り返して近づくと、門から飛び降りたサタナキアが駆け寄った。
「ご無事でしたか。アスタロト様やルキフェル様はいかがなさいました」
一緒に出掛けた大公がいないことに、怪訝そうな顔をする。そのため霊亀の転送の手伝いに向かったと伝えた。納得した様子で頷き、すぐに部下を呼び寄せる。
「私も行ってまいります」
「気をつけてな」
魔王軍の精鋭を率いる彼が協力するなら、アスタロトかルキフェルが戻ってくるだろう。そう考えて許可を出して見送った。サタナキアの足元に魔法陣を描いてやれば、礼を言って精鋭50人ほどが一度に転移した。
「ルシファー、向こうは大丈夫かしら」
「ん? 問題ないと思うぞ」
転移魔法陣の到着地点を、ベールの魔力のすぐ近くに設定した。ルキフェルのように真上に設定するのは、人数が多くて危険だと判断したのだ。それは間違っていないが、リリスはなんとなく嫌な予感がした。
「無事だといいけど……」
彼女の懸念は、ある意味的を射ていた。
転移魔法陣が浮かんで、すぐに消える。魔王ルシファーが指定した通り、魔王軍の精鋭達はベールの近くに現れた。問題は彼らの足元に地面がなかったことだ。
己の城があった洞窟の入り口に立つベールから、数歩先を指定した魔法陣に手落ちがあったとすれば、地面の有無を確認する文字が不足していたことだろう。何もない空間に放り出されたものの、足をつく先は何もなく……ふわっとした無重力感に包まれて落下した。
「っ! 全員、落下に備えろ」
落ちゆく将軍サタナキアの号令で、翼のある種族が、飛べない種族の手を握る。ばさっとあちこちで羽が広げられ、落下が止まった。何人かすり抜けて落ちていくが、サタナキアが放った魔力の網に引っかかる。
「……ずいぶん大雑把な、これは陛下ですか」
魔法陣を描いた者を特定したベールが、短距離転移してサタナキアの腕を掴んだ。壊れた城の瓦礫に着地した彼らは、安堵の息を吐き出す。サタナキアに尋ねたつもりはなく、確証のある呟きだったが、律儀な将軍は敬礼して答えた。
「はっ、魔王陛下のご厚情による魔法陣にございます」
「ご厚情で精鋭を壊滅させる気ですか。あとでじっくりお話を伺う必要があります」
丁寧な言い回しで説教を匂わせた美貌の指揮官に、サタナキア公爵は冷や汗を拭う。申し訳ありません、陛下……私では御身を守り切れません。その必死の願いが届いたのか。
同じ頃、魔王城の中庭でルシファーが大きなくしゃみを連発していた。
「嫌な予感がする」
この時点で、自力で帰れる大公を除外した魔王の転移魔法陣が発動し、全員城門前に飛ぶ。リリスをそっと芝の上に下ろし、腕を絡めた。ご機嫌のリリスがなにやら歌を歌い始める。その旋律は、精神が幼くなった彼女が口遊んだものと同じだった。
「リリス、その歌はどこで覚えたんだ?」
「知らないわ。ただ、いつの間にか歌えるようになっていたの」
以前から不思議な言動が多い彼女なので、後ろの側近達は「そういうものなのね」と簡単に受け止めた。芝の間から小さな白い花が覗いている。踏まないように歩きながら、ルシファーは眉をひそめた。
「我が君、サタナキア公ですぞ」
示された通り、城門の上で大柄な男性が手を振っている。振り返して近づくと、門から飛び降りたサタナキアが駆け寄った。
「ご無事でしたか。アスタロト様やルキフェル様はいかがなさいました」
一緒に出掛けた大公がいないことに、怪訝そうな顔をする。そのため霊亀の転送の手伝いに向かったと伝えた。納得した様子で頷き、すぐに部下を呼び寄せる。
「私も行ってまいります」
「気をつけてな」
魔王軍の精鋭を率いる彼が協力するなら、アスタロトかルキフェルが戻ってくるだろう。そう考えて許可を出して見送った。サタナキアの足元に魔法陣を描いてやれば、礼を言って精鋭50人ほどが一度に転移した。
「ルシファー、向こうは大丈夫かしら」
「ん? 問題ないと思うぞ」
転移魔法陣の到着地点を、ベールの魔力のすぐ近くに設定した。ルキフェルのように真上に設定するのは、人数が多くて危険だと判断したのだ。それは間違っていないが、リリスはなんとなく嫌な予感がした。
「無事だといいけど……」
彼女の懸念は、ある意味的を射ていた。
転移魔法陣が浮かんで、すぐに消える。魔王ルシファーが指定した通り、魔王軍の精鋭達はベールの近くに現れた。問題は彼らの足元に地面がなかったことだ。
己の城があった洞窟の入り口に立つベールから、数歩先を指定した魔法陣に手落ちがあったとすれば、地面の有無を確認する文字が不足していたことだろう。何もない空間に放り出されたものの、足をつく先は何もなく……ふわっとした無重力感に包まれて落下した。
「っ! 全員、落下に備えろ」
落ちゆく将軍サタナキアの号令で、翼のある種族が、飛べない種族の手を握る。ばさっとあちこちで羽が広げられ、落下が止まった。何人かすり抜けて落ちていくが、サタナキアが放った魔力の網に引っかかる。
「……ずいぶん大雑把な、これは陛下ですか」
魔法陣を描いた者を特定したベールが、短距離転移してサタナキアの腕を掴んだ。壊れた城の瓦礫に着地した彼らは、安堵の息を吐き出す。サタナキアに尋ねたつもりはなく、確証のある呟きだったが、律儀な将軍は敬礼して答えた。
「はっ、魔王陛下のご厚情による魔法陣にございます」
「ご厚情で精鋭を壊滅させる気ですか。あとでじっくりお話を伺う必要があります」
丁寧な言い回しで説教を匂わせた美貌の指揮官に、サタナキア公爵は冷や汗を拭う。申し訳ありません、陛下……私では御身を守り切れません。その必死の願いが届いたのか。
同じ頃、魔王城の中庭でルシファーが大きなくしゃみを連発していた。
「嫌な予感がする」
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