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55章 海の嘆きと森の歌

771. 寝過ごした魔王城の面々

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 即位記念祭の真っ只中だが、この日はほぼ全員が寝坊した。起きていたのは、事後処理に当たったアスタロトとベールくらいだ。

 中庭や周辺の森に帰った貴族達も起きられず、魔王軍の精鋭は休みを与えられ爆睡中。急病人の対応にあたった侍従や侍女も、魔の森復活の報せに安堵してぐっすり眠る。

 いつもより明るかった月光が消え、朝日が昇って中天にかかるまで――誰も騒がなかった。城下町ダークプレイスの住人も、初めての海に体力を消耗して起きられない。海水に浸かるという行為は、川で泳ぐより体力を消耗した。魔力も放出したので、怠さからベッドでごろごろする魔族が続出する。

 魔王城も例外ではなく、誰も動き出さない城内は静まり返っていた。




 明るい日差しが顔にかかり、閉めたはずのカーテンに隙間があったことに気づいて、ルシファーが身じろぎした。吹き飛んだ私室の修繕を後回しに、即位記念祭に臨んだため、未だに客間を使用している。正方形に近い大きなベッドで伸びをして、腰に手を回すリリスの黒髪を撫でた。

 しがみついた少女の白い肌と黒髪の組み合わせは、ルシファーのお気に入りだ。赤子の頃から抱き締めて暮らした彼女が、今や自分の腰に手を回して眠るほど成長した。彼女の成人時期は不明だが、できるだけ長く一緒にいたいと願う。

「うん……ルシ……ぁ?」

 白いシーツが反射したらしく、リリスは目元を擦りながら小さく声を漏らす。はふんと欠伸をして、痺れた手を小さく動かした。瞼をあげて、金色の瞳が覗く。

「おはよう、リリス」

「……おはよう。ルシファーったら、女の子の寝顔を見るなんて酷いわ」

 起きたばかりはダメなの。そう抗議する少女を膝の上に座らせる。リリスを怒らせないよう、後ろ向きに抱っこした。黒髪に顎を乗せる。

「ごめん。リリスの寝顔を見るのはオレの特権だから、許して欲しい」

 今後もうやりません。そう誓うことは出来ないと笑いながら告げれば、素直に背中を預ける少女が上を向いた。

「しょうがないわね」

「ありがとう、オレの可愛いお嫁さん」

 甘やかしながら額にキスをしたところで、ノックの音が遠慮がちに響いた。無視して頬と唇にもキスをしてから、やっと入室の許可を出す。リリスをシーツで覆ったルシファーだが、その必要はなかった。

「いいぞ」

「失礼いたします」

 アスタロト辺りかと見当をつけたルシファーだが、入室したのは意外な人物だった。山吹色のワンピースを身につけた少女は、跪礼でスカートを摘む。

「おはよう、早いな」

 ルシファーは彼女に訪問の理由を尋ねない。本人が口にするまで促さないのも、ルシファーのスタイルだった。レライエは用があって訪ねて来たのだ。彼女のタイミングで話した方が楽だろう。
「おはよう、ライ」

 にこにこと手を振るリリスは、翡翠竜を抱っこした少女の名を呼ぶ。オレンジ色の髪をポニーテールにした彼女の魔力はさほど多くない。にも関わらず、ドアの外の人物を側近と間違えた理由が、翡翠竜だった。結界越しなのと寝起きで判断がいい加減だったルシファーは、指を鳴らして着替える。

 未婚女性の前なので、気を遣った結果だが、リリスが大きな目を瞬かせた。

「ルシファー、私も着替えるわ」

 真似したのか、ぱちんと指を鳴らしたリリスがアイボリーのドレスを纏った。ワンピースと呼ぶには豪華で、正装としては物足りない。魔法陣が不得意なリリスは、服の内側に入ってしまった黒髪を手で流した。

「髪型はどうする?」

「邪魔にならないようにして」

 公式の行事は延期か中止だろう。ならば、複雑に結う必要はなかった。ブラシを取り出したルシファーが、丁寧に黒髪を梳かしてからハーフアップにして左へ流す。手慣れた作業を終えると、ブリーシンガルの銀鎖を絡めて留めた。

 リリスが首を動かすと、しゃらんと軽やかな音がする。準備が終わるのを待っていたように、レライエが口を開いた。

「実は、ご相談があるのです」
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