上 下
767 / 1,397
55章 海の嘆きと森の歌

762. 海へ集え

しおりを挟む
 カルンが、海の異常を伝える使であったとしたら? あの子供が来てから目に見えて森は魔力を失い、リリスが退行し始めた。霊亀が動き出した時期はわからないが、日本人が反応したなら……異世界の干渉も考慮した方がいいだろう。

「海へ行くぞ」

「「「承知いたしました」」」

 即位記念祭が終わったら動く予定だったが、そう悠長な事を言っている状況ではなかった。先に立ったアスタロトが一礼して中庭へ向かう。集まった貴族達にある程度の情報を共有しなくてはならない。何らかの情報や言い伝えがあれば、提供してもらう必要もあった。

 魔族では緊急時の情報共有や提供を、義務と考える。普段は表に出さない情報であっても、緊急時に出し惜しむのは愚策とされてきた。

「軍は私が率います」

「任せる」

 瞬時に役割を分担していくのは、大公と魔王の付き合いの長さ故だ。口にするのは命令系統を示すため。ルキフェルは目の前の情報を並び替え、頭脳労働に勤しんでいた。残されたベルゼビュートへ、ルシファーが命令を下す。

「希望する者を転移させよ」

「はい」

 森の魔力は戻ったが、まだ不安定だ。揺らぐ状況は精霊女王であるベルゼビュートだけでなく、魔王ルシファーも感じていた。ならば、使える魔力は己が保有するものに限られる。厳しい命令に聞こえるが、ベルゼビュートは静かに同意した。

 希望する魔族はすべて連れていく。それが魔王として示せる誠意であり、彼らの権利を尊重する行為なのだ。すやすやと眠るリリスの額にキスを落とし、黒髪を手早く編み上げた。三つ編みにした髪を絡めて髪飾りで留める。ほつれないよう魔法陣で固定した。

「先に行くぞ」

 魔王城を守る魔法陣の上で転移魔法が使えるのは、ルシファーとリリスのみ。足元に浮かんだ魔法陣へ、小型化したヤンが飛び乗った。さりげなくイポスがヤンの隣に滑り込む。護衛を連れて、ルシファーが姿を消すと……少女達は慌ただしく準備を始めた。

「収納の中身をすべて出して!」

「必要な物はあとで取りに来てもいいわ」

「準備して中庭に集合よ」

 あたふたと自室へ駆け戻り、己の収納魔法から不要な物をそぎ落とす。魔力の消費量を少しでも減らすためだ。以前の教育が身についた彼女らは、最低限必要と思う武器や道具を手に集まった。収納魔法は使わず、手に持てる分量のみに限る。

 弓と矢筒を掴んだシトリーはズボン姿だ。ルーサルカやレライエも同様だった。ルーシアは遠方からの魔法援護に徹するため、着替えずにスカートのままだ。

「ルカ、魔力は足りそう?」

 カルンを抱いたルーサルカは、尻尾を揺らしながら頷いた。転移する先を確認してきたルーシアが、手にした魔法陣を足元に転写する。

「行き先はこれ、魔力を注げば動くようにしてもらったわ」

 ベルゼビュートにもらった魔法陣を確認したシトリーが、魔力量を計算して頷く。これなら足りそうだ。ルキフェルが改良した魔法陣は、効率重視仕様だった。少女達が魔力を合わせれば往復できるだろう。

「おれたちも同行していいか?」

「お願い。行かなくちゃいけないの」

 アベルとアンナが声をかける。後ろにイザヤも控えていた。オレリアやエルフと一緒に魔王城へ戻ったが、何か胸騒ぎが消えない。どうしても海辺の状況を確認したかった。それをどう説明したものか、言葉が上手に選べずアンナは唇を噛む。

 顔を見合わせた少女達に、レライエに抱かれた翡翠竜が声を上げる。

「魔力は私が供給するから心配しないで。魔族なら本能の警告は無視してはいけないよ」

 さりげなく日本人を魔族の枠に入れて語るアムドゥスキアスが、自慢の尻尾を左右に振った。森で生きてきた魔族は、本能が発する警告や違和感を重視する。この世界で生きると決めた彼らへ、翡翠竜は仲間の意見を尊重すると告げた。

「それなら一緒に行こうか」

 古代竜であるアムドゥスキアスが転移に必要な魔力供給を担当するなら、途中で魔力不足で放り出される心配はない。安心した少女達は頷き、レライエも声にだして同調した。

「魔法陣を大きくするよ」

 トカゲの小さな手を伸ばして空中で引っ張る仕草をすると、魔法陣が平均に拡大された。その上に全員が乗ったのを確認し、翡翠竜は転移を起動させる。少女達が消えた中庭で、ベルゼビュートも慣れた作業で次々と魔族を海辺へ送り込んだ。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...