753 / 1,397
54章 世界の終わりにも似て
748. キーワードは海水?
しおりを挟む
ベルゼビュートの爪が示したのは、大きな湖だった。彼女の領地では一番大きな湖だが、外から水が流れ込むルートがない。川も繋がっていないし、どこかへ流れる道もなかった。
「この湖に跳ねる魚が出ますの」
跳ねる魚と言われて、全員が顔を見合わせた。長寿な方である神龍の長老モレクも聞いたことがない表現だ。ルシファーも話で聞いたが、まったく信じていなかった。そのくらい胡散臭い表現なのだ。魚は鱗があり水の中を進む生き物だった。空を飛ぶ鱗のある種族なら、ドラゴンや神龍を含めた竜種だろう。
「ドラゴン系か?」
「いえ。本当に魚なのですけれど、羽がついてますわ」
全員が無言になる。想像がつかないので、魚の話は後回しにした。というより、魚と海が流れ込む湖の関連性がわからなかったのだ。ベルゼビュートは地図に手を伸ばし、湖の周囲を歪な形で囲った。
「これが魔力の消失した森の状況です。湖の周辺ばかりでしょう?」
彼女の指摘に頷く。楕円形に近い湖のまわりを凸凹に覆う円を、食い入るように見つめた。この円の先端から測っても数キロ単位で海に触れることはない。
「なぜ海水が流れ込んでいると判断できる?」
「海水と真水が混じる……汽水でしたっけ? 他の湖にいない魚や生き物がおりますし、水の味も塩気がありますわ。以前に不思議に思った水の精霊が湖の底にある穴から遡ったのですけれど、数時間かけてたどり着いた先が海でしたわ」
水の精霊の中には、水中で呼吸できる者も多い。湖の底にある穴からわずかずつ海水が流れ込むのなら、元は何らかの洞窟や地下水路だった可能性が高かった。
「この場所は元から湖だったのですかな?」
モレクが疑問を口にする。地図に新たに書き込まれる情報を見つめながら、老人は己の持つ知恵を絞って答えを導きだそうとしていた。ルシファーも考え込み、ベールが眉をひそめて首をかしげる。
「そのあたりは平野か沼地だった気がします」
古い記憶をたどるベールの指摘に、ベルゼビュートが思い出したように手を叩いた。
「そうよ! 領地にした頃は平野でしたわ。この湖は火山周辺の山から雨が流れてきますの。6万年ほど前かしら。気づいたら水没して湖が出来てました」
モレクが複雑そうな顔で息をつく。数万年単位で話をする目の前の大公や魔王が、8万年前から生きていた事実を今さながらに実感した。普段は気にしないが、彼らはこの世界の初期から、歴史をずっと体験した生き字引なのだ。
「領地なのですから、きちんと管理してください」
「湖を報告したから地図に反映されてるじゃない」
「あの湖はあなたの報告ではなく、魔王軍の巡回で発見されたのですよ」
言い返したベルゼビュートを言葉で叩きのめし、ベールが口元に手を当てて記憶を探る。汽水湖と言われて何かが気になった。地下で海水とつながる雨水の流れ込む湖……どこかで同じような話を聞かなかっただろうか。
「……陛下。我が城の地下に霊亀がいるのはご存じですか? 彼の下に汽水湖があります」
ばっと顔を上げたルシファーが「そうだ、あの下に湖があった!」と呟き、地図の一点を示した。そこはベールの城がある場所であり、隣の大陸の真ん中より手前だ。その場所に印をつける。調査のため、急いで数人の貴族を転移させた。
彼らが情報を持ち帰れば、仮説の基礎になる資料が増える。モレクが調査に名乗りを上げた。彼と入れ替わりになる形で、休憩に入ったエドモンドが戻ってくる。全員に共有される地図の情報に目を通したエドモンドは、海水というキーワードに首を傾げた。
「海水がカギなのか?」
「海水が魔力を奪っているのでしょうか」
「過去にそんな事例はないですが……」
ルシファー、エドモンド、ベールがそれぞれに見解を口にした。
魔の森の魔力消失は現在食い止められていた。魔王と地脈の魔力を常に奪いながら、魔の森は平静を保つ。意思の疎通ができない存在を守ることの難しさに、ルシファーは空を見上げて溜め息をついた。
……リリスの元へ戻れるのはもう少し先になりそうだ。
「この湖に跳ねる魚が出ますの」
跳ねる魚と言われて、全員が顔を見合わせた。長寿な方である神龍の長老モレクも聞いたことがない表現だ。ルシファーも話で聞いたが、まったく信じていなかった。そのくらい胡散臭い表現なのだ。魚は鱗があり水の中を進む生き物だった。空を飛ぶ鱗のある種族なら、ドラゴンや神龍を含めた竜種だろう。
「ドラゴン系か?」
「いえ。本当に魚なのですけれど、羽がついてますわ」
全員が無言になる。想像がつかないので、魚の話は後回しにした。というより、魚と海が流れ込む湖の関連性がわからなかったのだ。ベルゼビュートは地図に手を伸ばし、湖の周囲を歪な形で囲った。
「これが魔力の消失した森の状況です。湖の周辺ばかりでしょう?」
彼女の指摘に頷く。楕円形に近い湖のまわりを凸凹に覆う円を、食い入るように見つめた。この円の先端から測っても数キロ単位で海に触れることはない。
「なぜ海水が流れ込んでいると判断できる?」
「海水と真水が混じる……汽水でしたっけ? 他の湖にいない魚や生き物がおりますし、水の味も塩気がありますわ。以前に不思議に思った水の精霊が湖の底にある穴から遡ったのですけれど、数時間かけてたどり着いた先が海でしたわ」
水の精霊の中には、水中で呼吸できる者も多い。湖の底にある穴からわずかずつ海水が流れ込むのなら、元は何らかの洞窟や地下水路だった可能性が高かった。
「この場所は元から湖だったのですかな?」
モレクが疑問を口にする。地図に新たに書き込まれる情報を見つめながら、老人は己の持つ知恵を絞って答えを導きだそうとしていた。ルシファーも考え込み、ベールが眉をひそめて首をかしげる。
「そのあたりは平野か沼地だった気がします」
古い記憶をたどるベールの指摘に、ベルゼビュートが思い出したように手を叩いた。
「そうよ! 領地にした頃は平野でしたわ。この湖は火山周辺の山から雨が流れてきますの。6万年ほど前かしら。気づいたら水没して湖が出来てました」
モレクが複雑そうな顔で息をつく。数万年単位で話をする目の前の大公や魔王が、8万年前から生きていた事実を今さながらに実感した。普段は気にしないが、彼らはこの世界の初期から、歴史をずっと体験した生き字引なのだ。
「領地なのですから、きちんと管理してください」
「湖を報告したから地図に反映されてるじゃない」
「あの湖はあなたの報告ではなく、魔王軍の巡回で発見されたのですよ」
言い返したベルゼビュートを言葉で叩きのめし、ベールが口元に手を当てて記憶を探る。汽水湖と言われて何かが気になった。地下で海水とつながる雨水の流れ込む湖……どこかで同じような話を聞かなかっただろうか。
「……陛下。我が城の地下に霊亀がいるのはご存じですか? 彼の下に汽水湖があります」
ばっと顔を上げたルシファーが「そうだ、あの下に湖があった!」と呟き、地図の一点を示した。そこはベールの城がある場所であり、隣の大陸の真ん中より手前だ。その場所に印をつける。調査のため、急いで数人の貴族を転移させた。
彼らが情報を持ち帰れば、仮説の基礎になる資料が増える。モレクが調査に名乗りを上げた。彼と入れ替わりになる形で、休憩に入ったエドモンドが戻ってくる。全員に共有される地図の情報に目を通したエドモンドは、海水というキーワードに首を傾げた。
「海水がカギなのか?」
「海水が魔力を奪っているのでしょうか」
「過去にそんな事例はないですが……」
ルシファー、エドモンド、ベールがそれぞれに見解を口にした。
魔の森の魔力消失は現在食い止められていた。魔王と地脈の魔力を常に奪いながら、魔の森は平静を保つ。意思の疎通ができない存在を守ることの難しさに、ルシファーは空を見上げて溜め息をついた。
……リリスの元へ戻れるのはもう少し先になりそうだ。
20
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる