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54章 世界の終わりにも似て

745. 魔の森の歌

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 魔王城の建物にかけた結界を解除し、避難所として解放する。即位記念祭で入城可能な範囲を広げて、中の客間など使用できる場所を増やしたことで、侍従への負担は増えた。ルキフェルが新たな結界で、リリス達のいる居住部のみを再度隔離する。

 現在の緊急事態で取れる手立ては少ない。貴族も己の持ち込んだテントを解放したり、領内から資材を運ばせる者が出てきた。幻獣達が中庭近くの部屋を使い、子供達を保護する施設を作る。周辺から逃げ込む魔族が増えていた。

 城に残るのは魔法陣の専門家であるルキフェル、貴族の取りまとめと情報管理のために文官を取り仕切るアスタロトだ。外では、レライエが忙しく走り回っていた。このところ抱っこされていた翡翠竜も、協力がてら魔力の供給に精を出す。

 騒動の中、時刻はすでに夜明けを越えて明るくなっていた。わずか半日前まで、即位記念祭に浮かれた姿が嘘のようだ。魔の森の影響が大きすぎて、慌てふためく人々の中に降りたルシファーは、ヤンを見つけて呼び寄せる。

「ヤン、悪いが中にリリスがいる。頼む」

「はっ、我が君はどちらへ?」

「魔の森へ出る」

 簡潔な答えに、数人の貴族が反応した。この場で魔王について行き手伝いたいと願う魔族は多いが、実際に転移出来て役に立つ種族は限られる。ルシファーは薄青のローブの裾を揺らし、中庭を足早に移動した。

「陛下、あたくしをお連れください」

 随行を名乗り出たベルゼビュートは、地脈からの補充がうまくいったらしい。ストレートに戻りかけた髪をきつく結い上げていた。

「私もお役に立てると思います」

 温情の休暇を返上すると駆けつけたイポスへ、リリスを守るよう頼んだ。ヤンとイポスが揃えば、城に残す彼女の守りとして最適だ。

「「我々もお供します」」

「魔力の補充要員は都度入れ替えを行う。悪いが頼むぞ」

 名乗り出た貴族の中から竜族のエドモンドや神龍族のモレクを含めた数人を選んだ。彼らを連れたルシファーが転移魔法陣で飛んだ先は、魔王軍が展開するエリアだ。夜営中の基地として機能するのは、フェンリルの森より内側だった。

 森はざわりと木々の葉を揺らす。この辺りはまだ、魔の森と呼べる。だが海辺側はもう木々から魔力が消えていた。気味の悪い森にエドモンド達は言葉を失う。

 以前にルシファーが魔力を強制的に接収した時と、全く違った。あの時も魔の森の魔力は大きく損なわれたが、森自体の魔力は持続していた。表面の枯れた木々の下に、たしかに魔の森の脈動が存在すると信じられたのに……。

 今の森は抜け殻だ。姿だけ残して、魔力をそっくりどこかへ移植したような空虚さがあった。

「想像より、ひどい状況だ」

 後手に回ったと悔やむルシファーが、ぶわりと魔力による壁を作った。結界のように他者を拒む類ではない。温かな魔力は、ひとつの境目だった。

 この先に残る魔王城までの森を守るための、防波堤だ。魔力の感じられる範囲を手探りで伸ばすように、ぐるりと魔の森を包んだ。膨大な魔力を持つルシファーだから可能な魔法だ。

 駆けつけたベールが眉をひそめた。ルシファーの行った魔法の壮大さに驚く反面、守る範囲の広さに慌てる。魔力の消費が大きすぎるのだ。

「陛下、その魔法は」

「わかっている。応急処置だ」

 魔の森の内側をドームのように囲い、中へ魔力を供給し続ける。簡単に言えば、お椀を伏せて内側だけを守る防御の体制だった。一度範囲を固定し、魔法陣を空に描く。巨大すぎて何の魔法文字が使われたか判別できない程だった。薄いヴェールに包まれた魔の森は、ざわざわと葉を揺する。

 音楽のように響く葉音は歓喜の声か、風もない森は魔王を歓迎しているようだった。
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