749 / 1,397
54章 世界の終わりにも似て
744. 失わないための小さな約束
しおりを挟む
過去に転移の失敗で海底に落ちた経験があるため、ルシファーは海底付近の座標を簡単に指定した。あの時は足が岩に埋まったので、高さを50cm高く設定する。そのまま繋ぐと海底の水圧で城内が大惨事になる。海底の水圧が高く、一度繋ぐと簡単に水の流入を停止できなかった。
当時、魚を生きたまま送ろうとして調理場に接続して大事件を起こした。あのとき叱られた経験を生かして、今度は転移させる水の量を魔法陣に書き込むことで制御する。
「ここなら平気か」
来客用の風呂場で一番広い場所を選び、海水を転送した。一部魚も転送されたため、中に青や黄色の魚がひらひらと泳ぎ回る。目を輝かせたのはカルンとリリスだった。
「パパ、遊ぶ」
「ああ、いいぞ」
水着に着替えさせたリリスに上着を羽織らせてから、海水を満たした風呂におろした。大喜びのリリスは水を舐めて顔をしかめる。大きなプールと勘違いしたらしい。しかしすぐに魚を追いかけ始めた。
カルンも下着姿になって飛び込む。カルンの濃くなった肌の色はすぐ戻らなかった。しばらく時間がかかるのだろうか。
気持ちよさそうに泳ぐ姿を確認し、転送で先ほどの半量ほどの海水を取り寄せた。バシャバシャと勢いよくあふれる海水が足りないと判断したのだ。シンプルなワンピース姿のルーサルカが、2人が溺れないよう監視を始めた。万が一の際に水を操れる者が必要だと呼ばれた、青い髪のルーシアに魔法陣を渡す。
「海水が足りなければ、これを使え」
魔法陣を構築したり読み解く力は未熟ながら、複写は得意なルーシアが頷いて受け取った。レライエは外の手伝いに残っている。シトリーが今行っている食事の配給が終わり次第駆け付ける予定だった。
多くの人が残っているから大丈夫だろう。
「悪いが任せる」
ルシファーは魔王だ。陣頭指揮を執るべき立場であり、また魔族で一番の魔力量を誇る存在だった。リリスがいくら心配でも、役割を放り出すことはできず、役目を果たさず目をつむることも出来ない。
廊下で転移する予定で歩き出すが、ぐいっと純白の髪が引っ張られた。ルシファーを呼び止めるためにこんなことが出来るのは、一人しかいない。他の子が同じことをしようとしても、結界を通過できないのだ。振り向くと、泣きそうな顔のリリスがいた。
「リリス、どうした?」
「やだ」
唇を尖らせたリリスに、笑顔を向ける。連れてってもらえると笑顔で手を伸ばすリリスの濡れた黒髪を撫で、水で冷えた彼女に言い聞かせた。
「オレは役目がある。危険だから待ってて欲しい」
「やだぁ!!」
大きな声で否定するリリスは、大急ぎでルシファーに抱き着いた。置き去り作戦に失敗し、天を仰いだルシファーだが、そこで動いたのはルーシアだ。そっと近づいて捕まえた魚を見せた。黄色い魚には青い色の縞模様が入っている。
「リリス様、このお魚……まだたくさんいますよ」
「さかな……」
つられて手を離しかけ、慌てて抱き着いた。こんな仕草を見せたのは、3歳の頃だろうか。ルシファーが仕事で謁見の間に移動すれば泣き叫び、寝かしつけて書類整理を始めればぐずった。だからだろうか、意外と今の成長したリリスが駄々を捏ねても「可愛い」としか思わず、苛立ちはない。
駄々を捏ねる幼女の扱いは慣れている。にっこり笑って、リリスの前に膝をついた。それから取り出した首飾りをリリスにかける。指で首飾りに触れたリリスが、こてりと首を傾げた。
「これを預けるから、取りに来るまで預かってくれるか? 大切なものだからリリスに預けるんだ。仕事が終わったらすぐに顔を見せるよ」
頼りにしている。必要な存在だ。必ずリリスの元へ戻ってくる。約束をいくつも重ねて待つよう頼んだ。幼子の特徴のひとつとして、頼られることを喜ぶものだ。リリスもいつもそうだった。少し待てば、にっこり笑って頷いた。
「すぐもどる?」
「ああ、仕事してご飯までに戻る。膝でご飯食べようか」
「うん!」
今のリリスの精神年齢は3歳前後だから、そのつもりで接するように言い聞かせて廊下に出た。頬に涙が伝うのを乱暴に拭う。
早く魔の森の現状を正さなくては、リリスが壊れる――その恐怖がひしひしとルシファーに押し寄せた。魔の森の最新情報を確認すべく、ルシファーは城内で転移魔法を使う。まるでこの時が来る未来を知っていたように、書き換えた魔法陣は反発せずに転移を許した。
当時、魚を生きたまま送ろうとして調理場に接続して大事件を起こした。あのとき叱られた経験を生かして、今度は転移させる水の量を魔法陣に書き込むことで制御する。
「ここなら平気か」
来客用の風呂場で一番広い場所を選び、海水を転送した。一部魚も転送されたため、中に青や黄色の魚がひらひらと泳ぎ回る。目を輝かせたのはカルンとリリスだった。
「パパ、遊ぶ」
「ああ、いいぞ」
水着に着替えさせたリリスに上着を羽織らせてから、海水を満たした風呂におろした。大喜びのリリスは水を舐めて顔をしかめる。大きなプールと勘違いしたらしい。しかしすぐに魚を追いかけ始めた。
カルンも下着姿になって飛び込む。カルンの濃くなった肌の色はすぐ戻らなかった。しばらく時間がかかるのだろうか。
気持ちよさそうに泳ぐ姿を確認し、転送で先ほどの半量ほどの海水を取り寄せた。バシャバシャと勢いよくあふれる海水が足りないと判断したのだ。シンプルなワンピース姿のルーサルカが、2人が溺れないよう監視を始めた。万が一の際に水を操れる者が必要だと呼ばれた、青い髪のルーシアに魔法陣を渡す。
「海水が足りなければ、これを使え」
魔法陣を構築したり読み解く力は未熟ながら、複写は得意なルーシアが頷いて受け取った。レライエは外の手伝いに残っている。シトリーが今行っている食事の配給が終わり次第駆け付ける予定だった。
多くの人が残っているから大丈夫だろう。
「悪いが任せる」
ルシファーは魔王だ。陣頭指揮を執るべき立場であり、また魔族で一番の魔力量を誇る存在だった。リリスがいくら心配でも、役割を放り出すことはできず、役目を果たさず目をつむることも出来ない。
廊下で転移する予定で歩き出すが、ぐいっと純白の髪が引っ張られた。ルシファーを呼び止めるためにこんなことが出来るのは、一人しかいない。他の子が同じことをしようとしても、結界を通過できないのだ。振り向くと、泣きそうな顔のリリスがいた。
「リリス、どうした?」
「やだ」
唇を尖らせたリリスに、笑顔を向ける。連れてってもらえると笑顔で手を伸ばすリリスの濡れた黒髪を撫で、水で冷えた彼女に言い聞かせた。
「オレは役目がある。危険だから待ってて欲しい」
「やだぁ!!」
大きな声で否定するリリスは、大急ぎでルシファーに抱き着いた。置き去り作戦に失敗し、天を仰いだルシファーだが、そこで動いたのはルーシアだ。そっと近づいて捕まえた魚を見せた。黄色い魚には青い色の縞模様が入っている。
「リリス様、このお魚……まだたくさんいますよ」
「さかな……」
つられて手を離しかけ、慌てて抱き着いた。こんな仕草を見せたのは、3歳の頃だろうか。ルシファーが仕事で謁見の間に移動すれば泣き叫び、寝かしつけて書類整理を始めればぐずった。だからだろうか、意外と今の成長したリリスが駄々を捏ねても「可愛い」としか思わず、苛立ちはない。
駄々を捏ねる幼女の扱いは慣れている。にっこり笑って、リリスの前に膝をついた。それから取り出した首飾りをリリスにかける。指で首飾りに触れたリリスが、こてりと首を傾げた。
「これを預けるから、取りに来るまで預かってくれるか? 大切なものだからリリスに預けるんだ。仕事が終わったらすぐに顔を見せるよ」
頼りにしている。必要な存在だ。必ずリリスの元へ戻ってくる。約束をいくつも重ねて待つよう頼んだ。幼子の特徴のひとつとして、頼られることを喜ぶものだ。リリスもいつもそうだった。少し待てば、にっこり笑って頷いた。
「すぐもどる?」
「ああ、仕事してご飯までに戻る。膝でご飯食べようか」
「うん!」
今のリリスの精神年齢は3歳前後だから、そのつもりで接するように言い聞かせて廊下に出た。頬に涙が伝うのを乱暴に拭う。
早く魔の森の現状を正さなくては、リリスが壊れる――その恐怖がひしひしとルシファーに押し寄せた。魔の森の最新情報を確認すべく、ルシファーは城内で転移魔法を使う。まるでこの時が来る未来を知っていたように、書き換えた魔法陣は反発せずに転移を許した。
30
お気に入りに追加
4,969
あなたにおすすめの小説
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました
オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、
【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。
互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、
戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。
そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。
暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、
不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。
凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、内容が異なります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる