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54章 世界の終わりにも似て

740. 人族扱いは恥だ

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「で、伝令を!」

 ほとんどの魔力を転移魔法で使ってしまったオレリアの悲鳴じみた声が、森の中に響く。いつもは多くいる精霊が失われた森は、伝令に使える手立ても限られてしまった。魔の森がどれだけ守ってくれていたか、身に染みて理解した。

「どうしよう……」

 混乱して泣きそうなオレリアに、矢が飛んできた。咄嗟に反応したのはイザヤだ。手にした剣の柄で弾いた矢は、折れて地面に落ちる。どうやら鏃に仕掛けはなかったらしい。

「っ!」

 びくりと肩を震わせたオレリアは、残り僅かな魔力の使い道に迷った。この場に結界を張って助けを待つか、魔力に声を乗せて遠くへ飛ばすか。判断がつかずに顔を上げた彼女の視界に、複数の矢が見える。自分達へ向けて飛んでくる攻撃に対し、考えるより早く結界を張った。

 きんっ! 甲高い音を立てて矢が弾かれる。飛んできた矢が一段落したところで、選択の余地が消えた現実に気づいた。もう、たいした魔力は残っていない。

「ごめんなさい。危険に晒してしまったわ」

「望んだのはおれ達だ。逆に巻き込んで申し訳ない」

 イザヤが頭を下げると、オレリアの前に立った。聖女と呼ばれたアンナは人族の中では魔力量が多い。だが癒しの魔法は身につかなかった。代わりに彼女が覚えたのは、攻撃に使える魔法ばかりだ。

「お願いがあります。私が魔力を注ぐから、魔法陣を作ってください」

 魔法は魔力の無駄が多い。力任せに世界の理を動かす魔法より、理に沿う形の魔法陣は魔力消費量が少なく、変換ロスも軽減されていた。そのため魔力量が魔族より少ない人族は魔法陣を多用する。

「わかったわ」

 オレリアが大急ぎで結界の魔法陣を描く。ルシファーやルキフェルほど極めれば、一瞬で空中に投影できる魔法陣だが、ハイエルフの直系であるオレリアをしても手書きが精一杯だった。事前準備していた魔法陣ならば瞬時に取り出せるが、魔法で対応してきた結界を魔法文字と模様に変換して円の中に詰め込む。

 魔法陣の大きさは後で調整できるため、手元で一気に描き上げた。最終確認をするオレリアの頭上で、再び矢が降り注ぐ結界が悲鳴を上げる。みしみしと不吉な音を響かせる結界に、アベルが口の中で呪文らしきものを呟き始めた。

 魔法陣の簡易版が呪文だ。一時しのぎならば魔法より魔力消費少なく、魔法陣と似た持続性を持たせることが出来る。しかし瞬時に魔法を発動させる魔族にとって、呪文の詠唱時間は無駄だった。それくらいなら魔法陣を描いた紙を購入して持ち歩く方が現実的だ。

 炎がちろちろと結界の表面を舐める。燃え広がる炎の勢いは強く、強い油の臭いがした。可燃性の油を撒いたうえで火を放ったのだろう。今の魔の森はただの樹木と変わらない。森の緑は炎の赤や黄色に彩られ、枯れて茶色になり燃えて黒い炭や灰になった。

「結界を内側に張り直したけど、長くもたない」

 ひとまず時間を稼いだアベルの言葉に、頷いた。オレリアはアンナの手を取り、重ねるようにして魔法陣の上に導く。アンナが頷くのを確認し、一緒に手を置いた。ふわりと結界が張り直されるのがわかる。アンナはまだ余裕がある様子だった。

「攻撃の魔法陣はいくつか持ってるの。預けるわ」

 アンナと同等以上に魔力を有するアベルに、腰のポシェットから取り出した紙片を渡した。剣を構えたイザヤは敵を牽制し、アベルは魔法陣を確認して首をかしげる。

「どれがどれ?」

「こっちが火の矢で、これは氷の弾よ」

 説明するオレリアが背を向けた瞬間を好機と捉えた人族が数人、剣を翳して駆け込んできた。

「任せろ」

 飛び出したイザヤが結界の外で剣を合わせる。魔王と打ち合った実力者は、簡単に人族の剣士を叩き伏せた。武道を嗜んだイザヤにしたら、実戦で剣を使った経験は皆無に近いが、恐怖心はない。振り上げた剣を弾き、横に流し、叩き折って剣士を蹴飛ばした。

「くそっ、なんで人族の癖に魔物を……」

「魔物? それはお前らだ! 人族扱いは恥だ」

 叫び返したアベルに、穏やかな声が同意する。

「その通りです。あなたがたは『日本人』ですから、人族ではありませんよ」

 擁護するようで相手を貶める発言をしたのは、上空で黒い翼を広げた濃色の衣を纏う美人だった。
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