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54章 世界の終わりにも似て
737. 壊れる悲鳴が聞こえる
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民を守る立場だからこそ、弱音を吐くわけにいかない。たとえ愛する存在が奪われそうであっても、世界が滅びようとしていても――。
凛と立ち、決して俯かない。そう教えたのは自分なのに、痛々しい魔王の姿に叫びそうになった。「もう構わないから、愛する存在と隠れていなさい」そう告げることが叶うなら……中庭に下りたアスタロトは顔に出さず、毅然と立つルシファーの姿をじっと目に焼き付けた。
ひとつ瞬きして、深呼吸する。気持ちを切り替える必要があった。どんな危機であろうが、乗り越えなくてはならないのだから。
「陛下、貴族への要請が終わりました。全員動けます」
事情の説明は終わった。あとは分担して動くだけだ。ここからは、ベール率いる魔王軍の情報待ちとなった。
ルキフェルが魔力を注いで維持する魔法陣の上で、精霊達が徐々に回復していく。ルシファーについてきた少女達は顔を見合わせ、頷き合った。代表する形でルーシアが声をかける。
「リリス様、ルキフェル大公閣下のお手伝いをしたく、しばらく離れても構いませんか?」
側近である少女達の言葉に、リリスは幼い仕草で指を口元へ運んだ。こてりと首をかしげ、ルシファーを見上げた。
「パパ……」
どうしたらいいか分からない時に、良く見せた仕草だった。尋ねられた内容を判断できず、助けを求める幼子の行動だ。
黒髪を撫でてから頷いた。
「構わないと言ってやれ」
「うん、いいよ」
リリスが確かに頷いた姿に、ようやく少女達は自由に動き始める。幸いにして、彼女らの得意な属性は全員違った。精霊が回復するよう、互いの魔力の調和をとって魔法陣へ流す。
簡単そうに行われた行為だが、属性が違う魔力を調整する作業は上位の魔術に分類される。驚く貴族をよそに、彼女達は淡々と己の役目を果たした。
「この場は任せられそうだ。オレは」
森へ出て動くぞ――言いかけた声は途切れた。空中に描いた魔法陣から大量の精霊や魔族が降ってきたのだ。咄嗟に魔力を編んで受け止めたルキフェルだが、痛みを耐えるように顔をしかめた。
これ以上大量に魔力を持っていかれると辛い。舌打ちして、魔法陣へ手を伸ばした。一時的に供給量を変更しようとする。その意図を察したルシファーが動いた。
「少し待て」
持ち堪えられると信頼を向けられ、ルキフェルは魔法陣を維持する。抱き上げたリリスと一緒に地に膝をつき、手を大地についた。触れた先……意識を潜らせた先に地脈がある。
脈動は力強く、こちらは枯れる魔の森の影響を受けていないようだった。魔力の供給源である魔の森の不調を感じさせない地脈から、魔力を吸い上げて繋ぐ。
新しい魔法陣をひとつ空中に描き、左手でサイズを調整しながら、右手が引き出した地脈の流れを繋いだ。魔法文字をいくつか追記し、最後に確認する。ルキフェルの魔法陣へ重ねて展開し、起動させた。
ぶわっと風が巻き起こる。強い魔力が、空へ光の柱を作り出した。
「……そっか、繋げばよかった」
ルキフェルが額の汗を拭いながらぼやき、落ちた精霊と魔族へ治癒を施す。豊富な地脈の魔力を上手に操るルキフェルの手元は、光る糸が束ねられたような状況だった。その魔力の糸を1本ずつ対象者へ繋ぐ。
忙しいルキフェルの手伝いに入ったアスタロトを見て、貴族の一部が手を貸す。あっという間に支援と助けの手は広がった。
「陛下! ご報告を」
駆け込んだユニコーンが、空中から降り立ち平伏した。魔王軍の一翼を担う者へ、頷いて先を促す。
「魔の森の消失面積は、現在3割。ただの森となった場所で保護した魔族や精霊を転送中です」
「わかった。どの程度の民が影響を受けるか」
ほとんど放置された森の奥ならば、彼らも慌てて報告にこないだろう。わかっていて尋ねたルシファーに、最悪の報告が重ねられた。
「魔族が棲まう、海に近い地域から消失しておりますので、おそらく大半が影響を受けます」
ざわりと魔族に動揺が広がる。リザードマンやエルフなど、海に近い領地を持つ者が慌てて駆け出した。
「……っ、ご苦労だった。任務に戻れ」
一礼して飛び立つユニコーンを見送るルシファーの元へ、様々な伝令が入れ替わり現れる。その報告のどれもが、今後を悲観させる悲惨な現状を口にした。
「魔の森は……」
そこでルシファーは言葉を飲み込んだ。恐ろしい現在を認めぬために、最後まで足掻いて未来を切り開くために……王としてその単語を口に出すわけにいかない。
「パパ」
不安そうに呟いて抱きついたリリスを引き寄せ、震える唇でゆっくりと息を吐いた。
凛と立ち、決して俯かない。そう教えたのは自分なのに、痛々しい魔王の姿に叫びそうになった。「もう構わないから、愛する存在と隠れていなさい」そう告げることが叶うなら……中庭に下りたアスタロトは顔に出さず、毅然と立つルシファーの姿をじっと目に焼き付けた。
ひとつ瞬きして、深呼吸する。気持ちを切り替える必要があった。どんな危機であろうが、乗り越えなくてはならないのだから。
「陛下、貴族への要請が終わりました。全員動けます」
事情の説明は終わった。あとは分担して動くだけだ。ここからは、ベール率いる魔王軍の情報待ちとなった。
ルキフェルが魔力を注いで維持する魔法陣の上で、精霊達が徐々に回復していく。ルシファーについてきた少女達は顔を見合わせ、頷き合った。代表する形でルーシアが声をかける。
「リリス様、ルキフェル大公閣下のお手伝いをしたく、しばらく離れても構いませんか?」
側近である少女達の言葉に、リリスは幼い仕草で指を口元へ運んだ。こてりと首をかしげ、ルシファーを見上げた。
「パパ……」
どうしたらいいか分からない時に、良く見せた仕草だった。尋ねられた内容を判断できず、助けを求める幼子の行動だ。
黒髪を撫でてから頷いた。
「構わないと言ってやれ」
「うん、いいよ」
リリスが確かに頷いた姿に、ようやく少女達は自由に動き始める。幸いにして、彼女らの得意な属性は全員違った。精霊が回復するよう、互いの魔力の調和をとって魔法陣へ流す。
簡単そうに行われた行為だが、属性が違う魔力を調整する作業は上位の魔術に分類される。驚く貴族をよそに、彼女達は淡々と己の役目を果たした。
「この場は任せられそうだ。オレは」
森へ出て動くぞ――言いかけた声は途切れた。空中に描いた魔法陣から大量の精霊や魔族が降ってきたのだ。咄嗟に魔力を編んで受け止めたルキフェルだが、痛みを耐えるように顔をしかめた。
これ以上大量に魔力を持っていかれると辛い。舌打ちして、魔法陣へ手を伸ばした。一時的に供給量を変更しようとする。その意図を察したルシファーが動いた。
「少し待て」
持ち堪えられると信頼を向けられ、ルキフェルは魔法陣を維持する。抱き上げたリリスと一緒に地に膝をつき、手を大地についた。触れた先……意識を潜らせた先に地脈がある。
脈動は力強く、こちらは枯れる魔の森の影響を受けていないようだった。魔力の供給源である魔の森の不調を感じさせない地脈から、魔力を吸い上げて繋ぐ。
新しい魔法陣をひとつ空中に描き、左手でサイズを調整しながら、右手が引き出した地脈の流れを繋いだ。魔法文字をいくつか追記し、最後に確認する。ルキフェルの魔法陣へ重ねて展開し、起動させた。
ぶわっと風が巻き起こる。強い魔力が、空へ光の柱を作り出した。
「……そっか、繋げばよかった」
ルキフェルが額の汗を拭いながらぼやき、落ちた精霊と魔族へ治癒を施す。豊富な地脈の魔力を上手に操るルキフェルの手元は、光る糸が束ねられたような状況だった。その魔力の糸を1本ずつ対象者へ繋ぐ。
忙しいルキフェルの手伝いに入ったアスタロトを見て、貴族の一部が手を貸す。あっという間に支援と助けの手は広がった。
「陛下! ご報告を」
駆け込んだユニコーンが、空中から降り立ち平伏した。魔王軍の一翼を担う者へ、頷いて先を促す。
「魔の森の消失面積は、現在3割。ただの森となった場所で保護した魔族や精霊を転送中です」
「わかった。どの程度の民が影響を受けるか」
ほとんど放置された森の奥ならば、彼らも慌てて報告にこないだろう。わかっていて尋ねたルシファーに、最悪の報告が重ねられた。
「魔族が棲まう、海に近い地域から消失しておりますので、おそらく大半が影響を受けます」
ざわりと魔族に動揺が広がる。リザードマンやエルフなど、海に近い領地を持つ者が慌てて駆け出した。
「……っ、ご苦労だった。任務に戻れ」
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「魔の森は……」
そこでルシファーは言葉を飲み込んだ。恐ろしい現在を認めぬために、最後まで足掻いて未来を切り開くために……王としてその単語を口に出すわけにいかない。
「パパ」
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