734 / 1,397
53章 お祭りは襲撃される運命
729. 事情聴取は正座が基本
しおりを挟む
連れ帰った人狼は子狼を抱っこしたまま、ソファに座る。向かいに腰掛けたルキフェルが、調査票片手に聞き取りを始めた。
今回の事件は不幸な勘違いから生じていた。子狼を連れて祭りの見物に来た人狼は、初めての城下町で逸れてしまった。必死で探した子供が、知らない者の腕に抱かれていれば、取り戻そうとするのは親として当然だ。
不幸なことに人狼は魔王の姿を知らず、さらに強大な魔力をもつ強者に、弱者の我が子が囚われたと勘違いした。その顛末を調査票に記し終えると、ルキフェルの興味は人狼そのものへ向かう。
数万年を経て蘇った人狼は、1万5千年前後の若い大公ルキフェルにとって、見たことがない種族なのだ。興味は尽きない。
「父親が狐獣人で、母親がエルフ……と。まったく人狼と関係ないね」
数万年振りの人狼は、10世代以上隔てた復活なので、どちらの血筋に人狼が入っていたか不明だ。しかも生まれた子供は狼姿だった。他に人狼が発見されなければ、突然変異扱いとなる。
種族復活の鍵を握っていると言われた人狼は、困惑顔で膝の上の子狼を撫でた。この子が将来人狼となるのか、魔狼のまま生きるかはわからない。
他の兄弟はすべて狐獣人だったり、エルフだった。そのため一時期は浮気を疑われた父母のケンカの原因となってしまい、彼は己の姿をあまり快く思っていない。はっきり言えば恥じていたが、希少種だと言われ驚くしかなかった。
「君が子供の頃は、4足歩行だった?」
「……両方併用していた」
「この子狼が2本足で歩いてくれたら、種族復活の確定が取れるんだけど」
少なくとも2個体以上の現認が必要とされる要件を口にしながら、少し離れた場所で腕を組むベールを振り返った。
「どうする? 経過観察するなら、魔王軍の管轄だけど」
「ええ。説教が終わったら決めますので、少しお待ちください」
ルキフェルに丁寧に答えた後、足元の絨毯に正座したルシファーに向き直る。むすっとした顔で抗議する魔王へ、魔王軍指揮官は腕を組んだまま反省を促す。
「陛下、報告や相談をしてくださいと何度も申し上げております。我々も反対ばかりするわけではありません。きちんと陛下の意向や希望も受け入れてきました」
「そんなことない!」
かなりの割合で却下されたり、条件をつけられるルシファーは即座に声をあげた。反対された記憶はしっかり残っている。
「大半が荒唐無稽なため、お断りしているだけです。納得できる内容ならば許可していますよ。そもそも、なぜ襲われた事実を隠そうとするのですか。彼を罰するとは言っていないでしょう」
「でも罰するんだろう?」
「状況によります。民にケガ人も出ておりませんし、貴重な人狼個体ですから、いきなり消炭にしたりしません」
きっぱり否定したベールに、リリスが発言を求める。
「あのね、ベルちゃん。いいかしら」
「呼び方はともかく、お話は伺いします」
柔らかな毛足の長い絨毯の上に正座させられた魔王の膝に座るお姫様は、痺れた足に顔をしかめるルシファーの髪を掴んで大きな目を瞬いた。
「だって、ベルちゃんでしょ?」
「その議論は後回しです」
何度も撤回を要求した呼び名だが、リリスは「ベルちゃんはベルちゃん」という謎の理論で譲らなかった。流されてきたベールとしては、正式に訂正を求めることを諦めていない。リリスが素直に聞き入れるかは、また別の話だった。
「過去に話を聞かず消炭にしたサテュロスの例もあるわ。ルシファーが心配するのは当然だと思うの」
魔王史に残されたサテュロス大炎上事件は、正式名称を『魔王陛下の隠し財産盗難未遂事件、2回目』として記録される。隠し財産と表現したが、要は個人資産を城内の部屋に放置し、それを見つけたサテュロスと呼ばれる半獣人族が持ち逃げした。
その時期ルシファーが別の件で手一杯だったため、事件の対処に当たったのが魔王軍であり、指揮官のベールだ。追いかけたサテュロスを連れ帰るように命じられたベールは、見つけるなり犯人を焼いてしまった。
鳳凰族と同じ炎獄を操る幻獣霊王の攻撃に、サテュロスは一瞬で燃え尽きた。その炭を持ち帰ったベールと、怒ったルシファーの間で戦闘が始まり……それが通称名となった『サテュロスが原因で、魔王城が大炎上した事件』として歴史に名を残したのだ。なお、魔王城はその際にほぼ全壊し、落城したと伝えられる。
「リリス様、人の過去を掘り起こせば、自分も同じことをされますよ。これからの長い人生……いろいろあるのですから」
笑顔で諭され、リリスは大人しく頷く。逆らってはいけないと警鐘を鳴らす本能に従い、お姫様は口を手で覆った。
今回の事件は不幸な勘違いから生じていた。子狼を連れて祭りの見物に来た人狼は、初めての城下町で逸れてしまった。必死で探した子供が、知らない者の腕に抱かれていれば、取り戻そうとするのは親として当然だ。
不幸なことに人狼は魔王の姿を知らず、さらに強大な魔力をもつ強者に、弱者の我が子が囚われたと勘違いした。その顛末を調査票に記し終えると、ルキフェルの興味は人狼そのものへ向かう。
数万年を経て蘇った人狼は、1万5千年前後の若い大公ルキフェルにとって、見たことがない種族なのだ。興味は尽きない。
「父親が狐獣人で、母親がエルフ……と。まったく人狼と関係ないね」
数万年振りの人狼は、10世代以上隔てた復活なので、どちらの血筋に人狼が入っていたか不明だ。しかも生まれた子供は狼姿だった。他に人狼が発見されなければ、突然変異扱いとなる。
種族復活の鍵を握っていると言われた人狼は、困惑顔で膝の上の子狼を撫でた。この子が将来人狼となるのか、魔狼のまま生きるかはわからない。
他の兄弟はすべて狐獣人だったり、エルフだった。そのため一時期は浮気を疑われた父母のケンカの原因となってしまい、彼は己の姿をあまり快く思っていない。はっきり言えば恥じていたが、希少種だと言われ驚くしかなかった。
「君が子供の頃は、4足歩行だった?」
「……両方併用していた」
「この子狼が2本足で歩いてくれたら、種族復活の確定が取れるんだけど」
少なくとも2個体以上の現認が必要とされる要件を口にしながら、少し離れた場所で腕を組むベールを振り返った。
「どうする? 経過観察するなら、魔王軍の管轄だけど」
「ええ。説教が終わったら決めますので、少しお待ちください」
ルキフェルに丁寧に答えた後、足元の絨毯に正座したルシファーに向き直る。むすっとした顔で抗議する魔王へ、魔王軍指揮官は腕を組んだまま反省を促す。
「陛下、報告や相談をしてくださいと何度も申し上げております。我々も反対ばかりするわけではありません。きちんと陛下の意向や希望も受け入れてきました」
「そんなことない!」
かなりの割合で却下されたり、条件をつけられるルシファーは即座に声をあげた。反対された記憶はしっかり残っている。
「大半が荒唐無稽なため、お断りしているだけです。納得できる内容ならば許可していますよ。そもそも、なぜ襲われた事実を隠そうとするのですか。彼を罰するとは言っていないでしょう」
「でも罰するんだろう?」
「状況によります。民にケガ人も出ておりませんし、貴重な人狼個体ですから、いきなり消炭にしたりしません」
きっぱり否定したベールに、リリスが発言を求める。
「あのね、ベルちゃん。いいかしら」
「呼び方はともかく、お話は伺いします」
柔らかな毛足の長い絨毯の上に正座させられた魔王の膝に座るお姫様は、痺れた足に顔をしかめるルシファーの髪を掴んで大きな目を瞬いた。
「だって、ベルちゃんでしょ?」
「その議論は後回しです」
何度も撤回を要求した呼び名だが、リリスは「ベルちゃんはベルちゃん」という謎の理論で譲らなかった。流されてきたベールとしては、正式に訂正を求めることを諦めていない。リリスが素直に聞き入れるかは、また別の話だった。
「過去に話を聞かず消炭にしたサテュロスの例もあるわ。ルシファーが心配するのは当然だと思うの」
魔王史に残されたサテュロス大炎上事件は、正式名称を『魔王陛下の隠し財産盗難未遂事件、2回目』として記録される。隠し財産と表現したが、要は個人資産を城内の部屋に放置し、それを見つけたサテュロスと呼ばれる半獣人族が持ち逃げした。
その時期ルシファーが別の件で手一杯だったため、事件の対処に当たったのが魔王軍であり、指揮官のベールだ。追いかけたサテュロスを連れ帰るように命じられたベールは、見つけるなり犯人を焼いてしまった。
鳳凰族と同じ炎獄を操る幻獣霊王の攻撃に、サテュロスは一瞬で燃え尽きた。その炭を持ち帰ったベールと、怒ったルシファーの間で戦闘が始まり……それが通称名となった『サテュロスが原因で、魔王城が大炎上した事件』として歴史に名を残したのだ。なお、魔王城はその際にほぼ全壊し、落城したと伝えられる。
「リリス様、人の過去を掘り起こせば、自分も同じことをされますよ。これからの長い人生……いろいろあるのですから」
笑顔で諭され、リリスは大人しく頷く。逆らってはいけないと警鐘を鳴らす本能に従い、お姫様は口を手で覆った。
20
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる