上 下
694 / 1,397
50章 即位記念祭前夜

689. 重要な仕事があります

しおりを挟む
 即位記念祭の間、ルキフェルの手によって編まれた特殊な魔法陣が稼働している。登録された魔力以外が感知されれば、すぐに一番近い距離の大公に通知が届く仕掛けだった。

 現時点で通知を受け取った大公はいない。全員が同じ部屋にいるため、通知があれば気づくはずだった。

「変ですね」

「僕も魔法陣の演算やり直したけど、異常はないよ」

 アスタロトが問題提起したが、ルキフェルも演算を終えた魔法陣を手に首をかしげた。何も異常はない。しかし侵入した子供がいる事実は間違いなかった。

 少なくともリリス、イポス、アデーレの3人が全員騙されるような幻術は考えにくかった。ならば実際に歩いていたという答えが導き出されるが、そこでまた疑問に打ち当たった。

 本物の魔族なら、絶対に魔力が反応する。反応しないほど魔力が弱い人族のような種族だったら、そもそも入り込む方法がない。目撃情報通り、淡いピンクの肌色をした者はかなり魔力量が多いはずだった。

「とりあえず、探しに行くのが早いよ。ここで会議しててもしょうがない。今日は挨拶だけでしょう?」

「魔王軍を入れると騒ぎが大きくなりますから、我々だけで探しましょう」

 ルキフェルの提案に、ベールが賛同した。考え込んだアスタロトも異存はない。侵入者がいるなら見つけ出すしかないのだ。

「あたくしは中庭を担当するわね」

 にっこり笑って退室しようとしたベルゼビュートの足を、黒い手が掴む。また引きずり込まれる恐怖に震える美女へ、アスタロトが影より黒い笑顔を向けた。

「城内の探索ですよ? なぜ中庭へ向かうのか、お伺いしても?」

「え、あ、ま……間違えたのよ。そう間違えたわ! 建物の奥の方へ行くわね」

 足首を掴む冷たい黒い手を振り払い、ベルゼビュートはヒールの音を響かせながら逃げ出した。中庭で酒を飲むつもりでいたが、見透かされた以上、中庭へは近づかないだろう。

 同僚のサボり癖をへし折り、アスタロトは地図を取り出す。城内の見取り図を元に、手分けして回るよう手配した。

 城の奥、普段使われていない客間がある方角をベルゼビュートが担当。中庭から見て右側をベールとルキフェル、左側をアスタロトとアデーレ。中央部分を少女達4人が回ることになった。

 リリスにサンダルを履かせたルシファーは、さりげなくリリスの足元に座っている。よく見ると床に直座りなのだが、本人は満足げだった。

「オレ達も手伝おうか?」

「いえ、陛下とリリス姫は重要なお仕事があります」

 全員が忙しく子供探しをするのなら、是非とも手伝おうと名乗り出たが、ベールにあっさり首を横に振られた。不思議そうな顔をするルシファーの記憶では、午前中の挨拶を済ませれば、午後は予定がなかったはず。

「重要な仕事?」

「祭りに集まった民に姿を見せて、声をかけることです。滅多に魔王城へ参上できない種族も多く来ています。そういった者達は、魔王陛下のお姿を拝見したいと願っているでしょう。仕事モードでお願いします」

 ひらひらと手を振り、早く中庭や城門前へ顔を出すよう促すベールに頷き、立ち上がった。そこで初めて、ルシファーが床に座っていた事実に気付いて大公達が呆れ顔になる。

「それなら、民に声を掛けに行こう。リリス……おいで」

 エスコートの手を差し出して待つルシファーへ、リリスは素直に手を乗せた。長椅子に乗せていた足を下ろし、ドレスをひらりと揺らして隣に立つ。

「イポス、護衛を任せます。途中でヤンを合流させますから」

 アスタロトの命令に、頷いたイポスがリリスの後ろに立った。定位置で見守る態勢に入った護衛を振り返り、リリスはイポスの金髪に触れる。解かれた手に苦笑するルシファーだが、次のリリスの動きで意図を察した。

 見守るルシファーの前で、リリスはイポスの髪に手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...