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50章 即位記念祭前夜

685. 時間稼ぎでセーフ?

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 ルシファーを迎えに行ったアスタロトが戻るまで場を任されたベールが、簡単な注意事項を皆に言い聞かせる。中庭に集合した貴族相手に、毎年恒例のルールから始まり、昨年問題になった行動を例に説明を長々と語った。

 長い銀髪を複雑な形に結い上げた男は、瞳と同じ青い宝石を額に飾る。金鎖に宝石を固定した飾りは指輪や耳飾りと同じデザインだった。服は正装である濃紺のローブ姿なので、金の装飾品が映える。

 その間に同じような話をベルゼビュートが城門の外の民に説明するのだが、内容はかなり砕けていた。重要な部分が抜けるたび、呆れ顔のルキフェルが修正していく。記憶力抜群のルキフェルが説明すれば二度手間にならないが、彼は人見知りの傾向がある。

 子供の頃はベールが守っていたし、なにより彼自身も人と接触することは嫌いじゃなかった。こうなった原因は成長した青年の姿にある。未婚女性にとって、大公の地位にある未婚の若い男性は非常に魅力的だった。

 ちなみに外見で「若い」と判断されたルキフェルも、御年1万5642歳になる。妻の座を狙う未婚女性達の数百倍の年を重ねていた。

 ルキフェルはベールとお揃いの濃紺だが、ローブは羽織らない。金の刺繍が施された民族衣装は、彼の細身の体を引き立てる。琥珀を連ねた長い首飾りをかけ、耳飾りも琥珀で統一する。薄絹をふわりと羽織り、伸びた水色の髪をきつく結い上げて簪を挿した。

「お酒は飲んでもいいけど飲まれちゃダメよ。暴れたら、地獄のベールか恐怖の大王アスタロトに〆られるから……」

「あなたの首から絞めて差し上げましょうか?」

 後ろから聞こえた声に、ベルゼビュートは振り返りもせずに逃げた。全力で風の精霊を操り、城下町まで飛ぶ。しかし着地した途端、アスタロトの影に回収されて消えた。

 現場を見た人々の証言によれば「突然足元が黒くなり、ベルゼビュート閣下が黒い手に捕まって、闇に引き摺り込まれた。あれは悪魔の所業だ」ほとんど同じ内容を口々に語った民は、一様に自分の足元を恐ろしげに見つめた。

 目撃した魔族にトラウマを植え付けたが、アスタロトはベルゼビュートの回収に成功した。即位記念祭初日の挨拶に、大公が欠けているわけにいかない。たとえ素行不良であろうと、魔王の側近である事実は変わらないのだ。

「大人しくしていてくださいね」

 念を押したアスタロトに、震えながらベルゼビュートは頷いた。怯える彼女の様子に、何かを察した側近少女達が顔を見合わせる。

 懲りないベルゼビュートだが、きちんと正装していた。胸元や腰のくびれを強調するシンプルなドレスだが、今年は膝の辺りから前にスリットを入れてフリルを飾る。下品にならないよう、透ける柔らかな生地で上着を作らせて羽織った。

 ピンクの巻毛は高い位置でひとつに結われ、親指の爪ほどもある紅石が10個以上銀鎖で連なる髪飾りが揺れた。今年の流行を取り入れた形だ。

 ブリーシンガルの首飾りを崩した銀鎖を着ける魔王妃の装いは、城下町の情報網を経て魔族女性の新しい髪飾りとして大人気だった。様々な宝石や美しい木の実を飾った鎖を髪と一緒に絡めて揺らす――新しい流行を作ったリリスは、まだお支度中だ。

 姿を見せない主人を迎えにいくべきか。少女達は迷うが、アスタロトに「この場で待機」を命じられ、素直に待つことにした。行っても何か手伝えるわけでもない。

「……前回、どんな挨拶したっけ?」

 外見も中身も真っ白になった魔王の呟きに、戻ってきたルキフェルが声をかけた。

「前回の挨拶はワイバーンに遮られたから、途中で切れてる。その前の挨拶を復習しておく?」

「頼む」

 数千回も挨拶していると、もうテンプレートが出来上がっている。その内容を読み聞かせてもらい、頭の中で最近の話を織り交ぜて組み立てた。
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