688 / 1,397
50章 即位記念祭前夜
683. 仮縫いと嘆くなかれ
しおりを挟む
最終日に着用する予定の黒いドレス以外は、なんとか仕上げたアラクネ達がほっと息をついた。しかし最後の黒ドレスはルシファーと対で作るため、ルシファーの分を合わせれば2着がほぼ手付かずだ。
「間に合わないわ。お祭りはもう明日よ」
青ざめたアラクネが、リリスの仮縫いを終えたドレス生地を手に大きな溜め息をついた。直前にカカオ豆祭りや幽霊騒動があったので、全体にスケジュールが押してしまったのだ。
リリスの予定が狂えば、仮縫いも遅れ、仕上げも遅れていく。当然の結果だが、衣装に関して完璧主義のアラクネが手を抜くはずがない。万が一手を抜いたら、それはそれで黒い魔王が出現しそうだが……。
今の時点で仮縫いであっても、ルシファーはさほど心配していなかった。逆に彼女達が大騒ぎする理由がわからない。きょとんとした顔で、仮縫いを終えてワンピース姿のリリスを膝に乗せた。
「あーん」
小さめの菓子をひとつ、リリスの口に入れる。素直に食べるリリスが「美味しい」と頬を緩ませた。アンナに強請られたイザヤが作ったメレンゲだが、檸檬の酸味が絶妙なのだ。香りもよく、上部に柑橘の皮を擦り下ろしてあった。ほのかな苦味が大人っぽいと、少女達に大人気だ。
いっそ菓子屋を開業しても食べていけそうだが、彼は妹のために作るだけで売る気はないらしい。欲がないと笑ったら、逆ですと返された。貪欲に妹を求める姿のことか。
「……明日まで、寝ないで仕上げれば」
間に合うかもしれない。そんな不吉な言葉を、ルシファーが遮った。
「徹夜すると肌が荒れるぞ。女性の天敵だろう。なにより、我が民を不眠不休で働かせてまで着飾る気はない」
「ですが! 請負った以上は仕上げてこその仕事ですわ。代金を頂くんですもの」
「当然だ」
一見矛盾した言葉を吐いて、ルシファーはもうひとつ菓子をリリスの口に入れた。唇に押し当てると、ぱくりと中に飲み込まれる。指についた粉まで舐め取られ、表情が和らぐ魔王は肩を竦めて言い聞かせた。
「いいか? リリスやオレが黒い衣装を着るのは、最終日だ」
「は、はい」
何を当たり前の事を今更? そんなアラクネが見落とした重要な部分を繰り返した。
「着るのは7日後、ならば明日納品する必要はない。祭りの6日目に納品すれば……徹夜は必要あるまい」
「え? あ、でも……そうかも」
反論しそうになって混乱し、8本の脚がばたばた動いた後、アラクネはぴたりと動きを止めた。じっと考え込んで、後ろの衣装を振り返る。まだ仮縫い状態だが、地模様は布に織りで表現されているし、本縫いを済ませたら、宝石類を縫い止めて小さな刺繍を施す程度。それも面積としては多くない。
揺れて光の当たり方が変わると柄が浮かぶよう、織りによる模様に凝ったためだ。後から行う作業は少なかった。
「そもそもギリギリになった理由は、その織りが難しかった為と聞いている。表面の加工はさほど多くないだろう」
広く浅い知識だが、織物や女性物の衣装の製作に関する知識も蓄えたルシファーは、アラクネに菓子を勧めた。
「わかったら、落ち着いて菓子でも食べろ。祭りを楽しんで、その合間にドレスを仕上げればいい」
それまで黙って聞いていたリリスは、選んだ焼き菓子をルシファーの口に近づけた。
「あーんして」
「あーん」
菓子を食べる間静かになる魔王の代わりに、リリスがアラクネに話しかけた。
「私の衣装だもの。本縫いが終わっていれば構わないわ。貴女達が祭りを楽しめなくなるなら、他の衣装でも構わないくらいよ」
「絶対に間に合わせます!」
気遣いに感涙するアラクネの脚が、器用に涙を拭う。このままでは祭りそっちのけで働きそうなので、リリスは笑顔で釘を刺した。
「祭りの半分は絶対に遊んでね。もしそれ以上仕事をしたら、私は袖を通さないから」
くすくす笑うお姫様は、それはそれは幸せそうに笑う。穏やかな午後の日差しが差し込む執務室で、祭りは明日に迫っていた。
「間に合わないわ。お祭りはもう明日よ」
青ざめたアラクネが、リリスの仮縫いを終えたドレス生地を手に大きな溜め息をついた。直前にカカオ豆祭りや幽霊騒動があったので、全体にスケジュールが押してしまったのだ。
リリスの予定が狂えば、仮縫いも遅れ、仕上げも遅れていく。当然の結果だが、衣装に関して完璧主義のアラクネが手を抜くはずがない。万が一手を抜いたら、それはそれで黒い魔王が出現しそうだが……。
今の時点で仮縫いであっても、ルシファーはさほど心配していなかった。逆に彼女達が大騒ぎする理由がわからない。きょとんとした顔で、仮縫いを終えてワンピース姿のリリスを膝に乗せた。
「あーん」
小さめの菓子をひとつ、リリスの口に入れる。素直に食べるリリスが「美味しい」と頬を緩ませた。アンナに強請られたイザヤが作ったメレンゲだが、檸檬の酸味が絶妙なのだ。香りもよく、上部に柑橘の皮を擦り下ろしてあった。ほのかな苦味が大人っぽいと、少女達に大人気だ。
いっそ菓子屋を開業しても食べていけそうだが、彼は妹のために作るだけで売る気はないらしい。欲がないと笑ったら、逆ですと返された。貪欲に妹を求める姿のことか。
「……明日まで、寝ないで仕上げれば」
間に合うかもしれない。そんな不吉な言葉を、ルシファーが遮った。
「徹夜すると肌が荒れるぞ。女性の天敵だろう。なにより、我が民を不眠不休で働かせてまで着飾る気はない」
「ですが! 請負った以上は仕上げてこその仕事ですわ。代金を頂くんですもの」
「当然だ」
一見矛盾した言葉を吐いて、ルシファーはもうひとつ菓子をリリスの口に入れた。唇に押し当てると、ぱくりと中に飲み込まれる。指についた粉まで舐め取られ、表情が和らぐ魔王は肩を竦めて言い聞かせた。
「いいか? リリスやオレが黒い衣装を着るのは、最終日だ」
「は、はい」
何を当たり前の事を今更? そんなアラクネが見落とした重要な部分を繰り返した。
「着るのは7日後、ならば明日納品する必要はない。祭りの6日目に納品すれば……徹夜は必要あるまい」
「え? あ、でも……そうかも」
反論しそうになって混乱し、8本の脚がばたばた動いた後、アラクネはぴたりと動きを止めた。じっと考え込んで、後ろの衣装を振り返る。まだ仮縫い状態だが、地模様は布に織りで表現されているし、本縫いを済ませたら、宝石類を縫い止めて小さな刺繍を施す程度。それも面積としては多くない。
揺れて光の当たり方が変わると柄が浮かぶよう、織りによる模様に凝ったためだ。後から行う作業は少なかった。
「そもそもギリギリになった理由は、その織りが難しかった為と聞いている。表面の加工はさほど多くないだろう」
広く浅い知識だが、織物や女性物の衣装の製作に関する知識も蓄えたルシファーは、アラクネに菓子を勧めた。
「わかったら、落ち着いて菓子でも食べろ。祭りを楽しんで、その合間にドレスを仕上げればいい」
それまで黙って聞いていたリリスは、選んだ焼き菓子をルシファーの口に近づけた。
「あーんして」
「あーん」
菓子を食べる間静かになる魔王の代わりに、リリスがアラクネに話しかけた。
「私の衣装だもの。本縫いが終わっていれば構わないわ。貴女達が祭りを楽しめなくなるなら、他の衣装でも構わないくらいよ」
「絶対に間に合わせます!」
気遣いに感涙するアラクネの脚が、器用に涙を拭う。このままでは祭りそっちのけで働きそうなので、リリスは笑顔で釘を刺した。
「祭りの半分は絶対に遊んでね。もしそれ以上仕事をしたら、私は袖を通さないから」
くすくす笑うお姫様は、それはそれは幸せそうに笑う。穏やかな午後の日差しが差し込む執務室で、祭りは明日に迫っていた。
20
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる