上 下
686 / 1,397
49章 魔王城最上階の怪談

681. 呪われる必要あった?

しおりを挟む
 すたすた歩くグループと、腰の引けたグループに分かれ、階段を上り切った先を曲がる。跡形もないドアがあった場所を潜り、室内を見回した。

「何もいないな」

「……ルシファー、呪いの装備は?」

 装備し忘れてるわ。呆れ顔のリリスに、慌てて即死の呪いをつけられた王冠をひとつ頭に乗せた。割と最近の呪いだが、効果は抜群の逸品だ。

「これでよしと。彼女はいた?」

「いないわ。やっぱり還ったのね」

 がっかりした様子のリリスが呟くと、幽霊が苦手なアベルはほっとして胸を撫で下ろす。得体の知れないものは苦手なルーサルカ、ルーシア、シトリーも表情を和らげた。

 逆に尻尾のない翡翠竜を抱いたレライエは、しょんぼりと肩を落とす。イザヤとアンナも室内をぐるりと確かめて「いない」と顔を曇らせた。

「そこまで望まれてるなら」

 耳に心地よい女性の声がして、全員が一斉に目を凝らした。すこし目を細めて、透かすように見つめる先に髪の長い女性がいる。肩から先がぼやけているため、翼は確認できなかった。

 驚いて壺を落としかけたルーシアがしゃがみ、腰の抜けたルーサルカがしがみつく。スカートから覗く白茶の狐尻尾は、普段の倍以上に膨らんでいた。

「ハルピュイア、でしょうか」

 特徴的な翼の手がなくとも、耳が小鳥の羽の女性は頷いた。ふわふわと漂う白い靄は、遠い時の方が形を保って見える。近づくほどに透き通って形は不安定になった。

「出てきてくれてありがとう」

 笑顔のリリスが会釈すると、靄は揺れながら形を保とうとする。じっと見ていたルシファーが、右手を靄の中に入れた。そこで魔力をすこし流せば、形が整う。

「ルシファー、いま魔力流した? どのくらい? どうやった?」

 研究熱心なルキフェルはノート片手に、矢継ぎ早に質問を繰り出した。思わず気圧されて後ずさったルシファーは「あとでな」と答えるのが精一杯だ。

 鮮明になった女性は、物静かな雰囲気の人だった。美しく儚い感じで、守ってあげたくなるタイプだ。

「呪いの正体を、残留思念に魔力が絡んだものと仮定する。失われた魔力をルシファーが補ったから、姿が鮮明になったのかも……」

「幽霊の原理も同じかしら」

 アンナが一緒になって、ルキフェルと知識の交換が始まる。あれこれと話は盛り上がり、イザヤを巻き込んで話は壮大に膨らんでいった。

 なお、ここから派生したお化け屋敷が、魔王城の観光資源として大金を稼ぐのは数年後である。

「あなたは、ハルピュイアなのですか?」

 ベールの質問に、女性は首を横に振った。

「最後の持ち主の姿を真似ただけなの。私に姿はないわ。あまりにも強い願いだけが、こうして残ってしまった」

 悲しそうな彼女に、リリスはしゃらんと銀鎖を揺らして尋ねる。その声も仕草も、包み込むように優しかった。ルシファーと右腕を絡めたまま、左手を差し伸べる。

「願いを叶えたいのね。何を願ったの?」

「――あの下衆な男に汚されたなんて、夫に知られたくない」

 水浴びをしていた妻を襲った不幸。下劣な男に触れられ、汚されたと嘆き……彼女の嘆きは嵌めていた指輪に宿った。魔力と強すぎる想いが引き起こした呪いに、リリスは頷く。何も言わずに頷いたあと、赤い瞳を女性に向けた。

「分かったわ。魔王妃リリスの名において、あなたの秘密を封印します。だから、もう自由になっていいのよ」

 不安そうに見回す女性へ、全員がただ頷いた。誰も何も言わない。これこそが答えだった。腰を抜かしたルーサルカ達も縦に首を振る。

「安心しておやすみなさい」

 泣きながら微笑んだ女性は、徐々に薄くなって消えた。満足そうな彼女がいなくなり、部屋には生きた者達が残される。

「よかったな」

 リリスの黒髪にキスを落とすルシファーが声をかけると、お姫様は嬉しそうに笑った。

「ねえ、呪われてまで見る必要あった?」

 尻尾が消えた翡翠竜の率直な質問に、半数は同意し、残りは猛反発したが……夜まで続く論争は、夕餉の時間になったことでお開きとなった。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】 ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です ※自筆挿絵要注意⭐ 表紙はhake様に頂いたファンアートです (Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco 異世界召喚などというファンタジーな経験しました。 でも、間違いだったようです。 それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。 誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!? あまりのひどい仕打ち! 私はどうしたらいいの……!?

処理中です...